明治44年測図昭和8年要部修正内務省地理調査所5万図「時又」MapWarper から。Stanford Digital Repository にはない図郭。
信州南部の山深いところ、当時の三信鐡道はまだ門島どまり、遠江浜松に通じる遠州街道は現在の国道151号。
伊那谷と遠山郷を結ぶ山越えは、秋葉街道の小川路峠のほか矢筈峠というのが記載されている
旧上村に「ウドウドチ」の注記がある。ウドといえば植物の「独活」に由来するのかもしれないが、現在は「うとどち」というバス停の名に残っているようだ。奇特な地名だ。
天竜峡は名勝だが天竜川の狭窄部でもあるため直上の川路地区は何度も水害を被っている (国交省中部地整 天竜川上流河川事務所 に詳しい)。2001年に水害対策の護岸・盛土整備にともなって飯田線は線路を付け替え、川路駅は東側に移転している。
国道153号飯田南バイパスが事業中。かつて建設が中止された国鉄中津川線の二ツ山トンネルが再利用される。
国道256号の小川路峠区間はいわゆる点線国道。その代替が長野県道251号・上飯田線ということになるが、険悪ゆえたびたび通行止めとなり「険道」と揶揄される。これを克服するのが三遠南信自動車道だろうが、その飯田上久堅・喬木富田IC~喬木IC間の開通を旧南信濃村のエリアは首を長くして待っているだろう。
不便なエリアに立派な道路ができれば住民生活は利便性を増し地域が活性化する、と一般論的には考えられている。しかし若者はその新しい道を通って都会へ去ってゆく、というパラドックスも現実にはあると思う (とくに長野県の高校生は東京へ出ていく傾向が強い)。
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昨今の SNS や動画サイトの隆盛を見ていると、はたして閲覧者は思索や熟考というプロセスを経ないのではないかという疑念がある。
とくに若い方々は、自身の頭脳で咀嚼するという鍛錬をしていないと、大人になったとき不要情報過多による擦れっ枯らしとなるおそれもあるのではなかろうか? AI がさらに人間の思考力を衰えさせ無脳にするリスクも高いかもしれない。
すでに全世界で人のメンタリティを変えている気がしないでもないし、おかしな為政者も多すぎる。杞憂だろうか?