飯田線の前身、三信鐵道

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公開日:2021-10-19 更新日:2021-10-19

明治41年測図5万図、陸地測量部「水窪」Stanford Digital Repository の一部

水窪5万図

『工事画報』昭和12年8月号と9月号に「三信鐵道建設工事」(稲垣兵太郎 三信鐵道株式會社顧問)が残っている *。
三河川合駅から天竜峡駅までの隧道や橋梁が子細に説明されている。同報告から(以下同じ)

昔の天龍川橋梁

佐久間ダム建設で路線が変更(1955(昭和30)年11月)される前のものだから、今では多くの隧道や橋梁が湖水に沈んでいる。

三信鉄道のマップ

おおよそ推定される旧線を描いてみた。

POI 門谷川橋梁 は難工事であったことがうかがえる。

本線橋梁中最高(施工基面より川床迄約 200 呎)の門谷川橋梁(徑間 250 呎路構桁 1 連 40 呎 1 連)を架し......
前後の隧道竣工せざれば著手不可能の状態なり......中空に架するのみならず,兩岸絶壁にして狭隘なるを以て桁材置場を設くるの餘地なく種々攻究......

これは現在の大嵐駅と小和田駅の間にあるが、眺めることはできないようだ。

門谷川橋梁

為栗駅の西北西 250 m ほどにある POI 万古川橋梁 もまた、当時は河床から相当に高い。110 呎(33.5 m)余とある

万古川橋梁

ところが現在の様子を対岸からストリートビューで見ると、平岡ダムが出来た影響だろうか、河床が極端に上がっている。

建設中に各所で地滑りなどの災害を被り、設計変更や掘削した隧道を放棄せざるを得なくなったことや経済の不調など記され苦労がしのばれる。満島と小和田の間が「全線中最も困難を極めたる區間にして」観音山隧道付近(昭和12年4月)や鶯巣の付近(同年7月)に地滑りが起きたことが記されている。

その後、佐久間ダム建設にともない線路は東の水窪側へ迂回するのだが、『土木学会誌』第41巻8号(昭和31年8月)に「国鉄飯田線(付替線)大原トンネルについて」がある(田中武夫 国鉄飯田線工事事務所長)。

水窪川流域より大津峠を貫いて天龍川流域に出る延長 5.0626 km のトンネルで,付替線中最長のトンネルである......
豊橋方坑口より約 4.663 km は直線で,それより右に半径 250 m の曲線 326 m および辰野方坑口付近直線 74 m......
中央構造線に沿う大断層は,大原トンネル豊橋方坑口付近を通っており,その破砕帯は翁川の侵食を受けて削り取られ,その上に沖積層が堆積している。このため,トンネルの坑口切取およびその付近には破砕帯を見ることはできない

このトンネルの破線による描画が(65年間にわたり)誤っていた地理院地形図は、2020年の春に修正された
大断層は、地質図を見ると峰トンネル佐久間方坑口から 350m 付近をも通っている。

日田彦山線は、2017年九州北部豪雨の影響で添田~日田駅間の運転を見合わせたまま BRT へ移行する方向らしい。
肥薩線は、2020年7月豪雨災害の影響で八代~吉松駅間の運転を見合わせたまま。個人的に復旧は難しいように思う。
只見線にいたっては2011年新潟・福島豪雨の影響で会津川口~只見駅間の運転を見合わせたまま10年経った。
飯田線もたびたび災害により害を被ってきた。大きめの自然災害が発生したら、ひとたまりもないと思う。

いつまでも 乗れると思うな 飯田線

*URL = http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/

参考=【山さ行がねが】廃線レポート 飯田線旧線 中部天竜~大嵐

こちらも参照を=全国鉄道WEB路線図廃止された鉄道路線と駅のマップ

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