大淀川の流域をトレースしてマップに描く

トップ » ブログ » 大淀川の流域をトレースしてマップに描く
published: 2022-07-23, updated: 2022-07-23 by Campo Salado

明治34年測図昭和10年部分修正参謀本部5万図「野尻」Stanford Digital Repository から一部。都城から北流する大淀川幹川に小林から東流する岩瀬川が合流する中流部。現在は大淀川第一ダムと岩瀬ダムがある。

5万図「野尻」から

大淀川は幹川流路延長 107 km、流域面積 2,230 km2 の一級河川。熊本県あさぎり町や多良木町の山間部、鹿児島県曽於市や霧島市の一部を流域に包含している。

分水界のマップ

源流は POI 曽於市中岳 とのことだが支川が多い。曽於のシラス台地は線引きがやや困難。黄色はダム、水色はアメダス。

大淀川は利水の9割以上が発電とのこと。1924(大正13)年に完成した POI 轟ダム という発電用取水堰堤があったが、1954(昭和29)年の台風12号で都城盆地一帯が氾濫、3,500 ha の農地が水没。轟ダムは1961(昭和36)年に撤去された。

1954年の台風12号のほか1979年、1982年、1993年、1997年、2005年に大きな洪水が起きている。
年間降水量の平年値は宮崎が 2625.5 mm、都城が 2694.2 mm となっており、鹿児島や熊本の人吉よりもやや多い。
都城盆地を60年代の画像で見ると、横市川、丸谷川や花木川などの支川に河道の付け替えが見られる。
大淀川第二と薩摩原以外のダムは「治水協定に基づく事前放流」を実施することになっている。
高千穂峰東麓の木之川内ダム、よくもそんなところに......と思ったら砂岩泥岩互層だった。

地下水も豊富らしい。小林市の出の山湧水と綾町の綾川湧水群は名水百選。
私は焼酎「黒霧島」を年に40升ほど呑んでいるが、製造元の 霧島酒造(都城市)によると1955年に掘った井戸の水を100%用いて酒類を製造しているとのこと。ついでに私はチリワイン Casillero del Diablo も年間に約100本ほど呑むが、こちらはアンデスの硬水(ちなみにカベルネだが夏でも冬でも冷蔵庫で冷やして呑む。サンティアゴのようなカラッとした気候ではないから)。

次は『道路の改良』第14巻第3号「佐賀・宮崎・大分を視察して〔二〕」(瀧川勸則、1932(昭和7)年)から、宮崎県についての記載

本縣の道路工事に於ては其の用地は総て個人の寄附である、他の縣の實例の様に地元町村に於て一應個人から買収し然る後之を道路用地に寄附するのと大いに趣を異にする、希に例外はあるかもしれぬが、橘橋などの實例に拠ると取付道路の用地を寄附すると自分の住むべき土地が無くなつてしまふ人が二、三人あつたが斯る人達でも公共の為に潔よく寄附して自分は借地住居に甘んじてゐるとのことである......
そこらあたりの我利々々盲者に聞かしてやりたい話しではないか、之は縣民が公共事業に対し非常な自覚を持つて来た証拠......

ひむかの国の気質なのだろう、官の圧もあっただろうが、おおらかだ。我利我利亡者だらけの現代では(中略)

大淀川と川内川の流域は霧島山とシラスを分かつが、状況は似てない。これまで記した分水界は「日本の主要な分水嶺分水界のマップ」にまとめてある。
2005年台風14号による被害については「宮崎県南部の折生迫」も参照を。「アメダス降水量と気温の一覧マップ」および「川内川の流域と分水界を描く」もどうぞ。

余談

5月に「シラスと法面の勾配のこと」を書いた。薩摩のシラス切り土は直立に近かったという件。
大正年間の南隅軽便鉄道を起源とし、1987年に廃止された国鉄の大隅線があった。この廃線跡が自転車・歩行者専用道路へ転用された箇所の写真が Google Maps に投稿されていた。

Google Maps(別ウィンドウで開く、鹿屋市高須町)

養生されたと思われる部分はあるが、硬質の岩盤を切り通したり石組やコンクリートで補強するならともかく、シラスの地でこの切り方は豪胆。土被りは小さいから隧道にするより切ってしまえ、ということだったのだろうか?
次は明治35年測図昭和2年鉄道補入陸地測量部5万図「鹿屋」から。まだ飛行場もない戦前のもの。

5万図「鹿屋」から

電話の向こうで福岡の老母が

裏の山がくえたらいかんき......

と言ったので驚いた。くえる【崩える】という言葉を使うとは予想もしていなかった。
親子とはいえ世代が違うと語彙も違う(私の辞書にはない)。私は「くえ」を方言だと思い込んでいたが、そうじゃなかった。
母親は1953(昭和28)年6月の豪雨による福岡の大災害をよく記憶しており、自然と暮らす中での経験則から危険を察知することに長けている。やはり年寄りの話は注意深く聞かなければならないと思った。

地図蔵 Articles