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櫛田川水系と宮川水系の分水界を地図に描く

公開: 2024年5月20日, 更新: 2024年6月2日

三重県の一級水系、櫛田川と宮川の分水界をわかりやすくトレース

マップ読図

櫛田川の水系、国土交通省 によると幹川の流路延長は 87 km、流域面積は約 436 km²。
宮川の水系、三重河川国道事務所 によると幹川の流路延長は 91 km、流域面積は約 920 km²。一級河川の水質調査ではたびたび日本一になるなど清流として名高いそうだ

中央構造線に沿って東西あるいは西南西~東北東のリニアメントがいろいろ。
マークアップしているダムは堤高 15 m 以上の狭義のラージダム。

尾鷲の年間降水量平年値は 3,969.6 mm と国内では屋久島に次ぐレベル。月別では9月が 745.7 mm で最多。伊勢湾台風も1959 (昭和34) 年の9月、秋台風が怖い地域なのだろう。
アメダス宮川も2011年に年間降水量 5,420.0 mm を記録している (どういう数字だ)

櫛田川は可動堰から祓川が分流するが、こちらのほうがデルタだから元は本流だったらしい。国交省によると

河道変遷の一説として、永保2年(1082年)の地震や大洪水により、現在の櫛田可動堰付近より下流にあった水田や村落が押し流されて現在の櫛田川の河道が形成され、それまで本川であった祓川が派川となったと伝えられています

宮川堤は伊勢の地を守るため17世紀~18世紀に造成された堤防で土木遺産とのこと。

紀勢本線が分水界を越え紀伊長島へ下るところに荷坂トンネルがある。『工事画報』昭和3年5月号によると 6,286.5 フィート (1,916 m) の直線で 40 分の 1 片勾配と記されている。つまり 25 パーミルで下り、さらに紀北町の旧二郷村地域で東へ半径 300 m の反向曲線を描きながら遠回りして水平距離を稼ぎつつ標高をじわじわ下げ海岸へ出るという古典的な線形。マップ中に緑色の Polyline で示した。

その西隣、紀勢自動車道の紀勢大内山IC~紀伊長島ICが開通したのは2013年。これは切土と盛土と橋梁による現代的な線形で、ストリートビューで見ると 4.3 % の勾配で紀伊長島へ一挙に下っている。現状は暫定2車線の対面通行で制限速度 70 km / h だが、道路構造令 (昭和45政令第320号) にしたがった設計は 80 km / h なのだろうと思う (しかしこの区間は4車線化優先整備区間に含まれていない)。

国道368号の仁柿峠は険しいようで、バイパスが平成2年から令和15年度までの44年間という大陸的なスパンで事業中とのこと。櫛田川水系の仁柿川が雲出川水系の立川を争奪しそうな地形になっている。どこだって分水界を越えるのはタイヘンだ。

宮川河口の三角州

陸地測量部、大正9年修正昭和5年鉄道補入5万図「松阪」から一部、Stanford Digital Repository

5万図、松阪から一部

これがデルタだ!という感じ。宮川ダムなど制水構造物ができる前は水害で多くの人が犠牲になったのだろう。
水流を示す矢印が双方向に描いてある。地下水の塩水化リスクもあるのだろうか。

と言いつつ私は福岡の筑豊、信州の松本、チリのサンティアゴと盆地ばかりで暮らしてきたし、いま住む横浜も北部で海からは遠いから、つまり皮膚感覚で沿海部を知らないのでピンとこない。海岸の地形や潮の流れなど理屈では判っているつもりでも正直ピンとこない。
逆にいえば一途に海のそばで暮らしてきた人にとっては山岳や峡谷が異世界に見えるのかもしれないし、盆地には閉塞感を感じるのかもしれない。例えば海派とか山派といった傾向の差異も、出自や経験則に因る部分が大きいのではなかろうかなあ?

小中学校でおこなわれる自然教室は、この点で意味があるのだなと今さら思った。非日常の自然領域に立ち入って経験するのは大切。
フィールドや現場には、机上の理屈では身につかないものがたくさんある。AI や VR で良しということにはなるまい。
もしも大都会から出たことのない青少年が将来に内閣府や気象庁で防災をつかさどったりしたら怖い。図上演習で防災が可能かといえば、それもむずかしいように思う。

私もできることなら実地を優先したい。だが地図を主題とする以上は現実的に無理。フィールド優先なら生活半径の神奈川周辺で終わることになってしまう。

以下も参照を

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