新宮川水系の分水界

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published: 2022-02-03, updated: 2022-02-04 by Campo Salado

上流の天川村と五條市内では天ノ川と呼ばれ、十津川村内では十津川と呼ばれ、本宮より下流を熊野川と呼ばれ、河口付近は新宮川と呼ぶらしい。そして水系の名は新宮川水系らしい。実にまぎらわしい。流路延長 183 kmで、流域面積は 2,360 km² とのこと。

渓流

分水界の線をおおらかに引いてみた。水色はアメダス、黄色はダム、赤色は自然災害伝承碑。
果無山脈の切れ目の狭窄部に POI 二津野ダム がある。これより上流で特に災害が多い。

1889(明治22)年、十津川流域の9か村で大規模な崩壊や地すべりが 1,128 か所、天然ダムが 50 か所発生し、240 名の死者・行方不明者が報告された未曽有の豪雨災害が有名。最大の堰止湖(天然ダム)を生成したのが POI 中山崩壊地 との由。
2,667 人(全人口の 20 %)が北海道に移住し、POI 新十津川村 が建設された。

残存する POI 大畑瀞 を除き、当時の被災箇所を地形図などから追うのは至難だが、2011(平成23)年台風12号による紀伊半島災害による主な崩壊箇所は示した。
2011年の災害が起こったとき、あまりに現地の状況が報道されず訝しんだ記憶がある。情報が入らないという点でもリスクがある地域なのだろうと思う。

参考=歴史的大規模土砂災害地点を歩く-明治22年(1889)紀伊半島豪雨による土砂災害(いさぼうネット)ほか

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