静岡県の大崩海岸と日本坂、焼津の周辺

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公開日:2021-06-18 更新日:2021-07-07

静岡県の大崩海岸と日本坂の間には現在、新幹線、国道150号や東名高速などなど8本もの長大トンネルがある。

トンネル ©japonyol.net

参謀本部大正5年測図昭和2年鉄道補入2万5千分の1地形図「藤枝」を見てみる。

大正5年測図昭和2年鉄道補入2万5千分の1地形図「藤枝」

もともと交通の難所で東海道を宇津ノ谷峠に奪われているので、POI 大崩海岸は「小徑」の、POI 日本坂は「聯路」の表記になっている。

1498年に駿河湾沖を震源として発生した明応大地震で、焼津小川港付近にあった POI 林叟院という寺院が、海底地すべりにともなう変状により海に没したとのこと(「わが国における地震時の海岸変状の事例調査」風見ほか(土木学会第56回年次学術講演会、2001))。
大井川が脈々と運搬した土砂が、海中でもまた作用するとは、なかなか想像力が及ばない。

古い地図に描画されている東海道本線のふたつのトンネルは、北側が石部トンネル、南側が磯浜トンネル。1889(明治22)年の開通。
東海道新幹線の日本坂トンネル(2,174 m)は、開業の20年も前の1944(昭和19)年に「弾丸列車」計画のため完成し、1962年まで在来線が借りていた、ということを「東海道新幹線の線形」で少し触れた。
その間、石部と磯浜の両トンネルは道路用として利用されていた。新幹線の建設にともない石部・磯浜トンネルを結合する改築をおこない、在来線用として再び転用されたのが1962年、という意味。

焼津といえば漁業のイメージが強いが、往時は港湾らしくない。また、東海道線を跨ぐ旧豊田村は、格子状に効率的に土地利用しようという意図がうかがえる。さらに、朝比奈川の河道が、現在と少し違う。この氾濫平野は水害リスクがありそうだ。

余談。
私の趣味はプロ野球観戦だけなので、オリンピックの影響でシーズンが中断されるのが残念(もっとも、プロ野球とプロサッカーは五輪開催のための導線として実施されてきたのだろうとは思うが)。
スポナビの一球速報を見ていると「帰り遅いからご飯冷めちゃいましたよ~(オレの帰宅を待つ美女☆)」が、やたらと出てくる。
いいかげんにしてくれないか? 誰もオッサンなんか待っとらん。

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