トップ » ブログ » 常願寺川の分水界

常願寺川の分水界

公開: 2023年05月12日
更新: 2023年05月22日

富山県の常願寺川は幹川流路延長 56 km、流域面積 368 km² で長くも広くもないが、河床勾配は山地部で約 1/30 と黒部川を上回る屈指の急流河川 (国土交通省 による)。立山カルデラ内部はとくに脆弱な地質で土砂の供給が多く、平野部に出ると天井川になっている。
2017年に「富山県常願寺川の扇状地」で簡単にメモしていたが

今回はダムと発電を中心に。扇状地に分水界の線を引くのはやはり意味がないと思うので、また端折った。
大正元年測図昭和5年要部修正参謀本部5万図 東茂住 Stanford Digital Repository から一部

5万図 東茂住の一部

祐延ダムがすでに描かれている。当時の大山村有峰集落には住戸が描かれているが、いかにもダムを造りたくなる地形。
『有峰と常願寺川』(北陸電力株式会社、1981) によると、元禄時代に有嶺 (うれ) を改め有峰としたらしい。また木地師も住み着いていたようだ (p.33)。
また『有峰を探る』(上新川郡文化協会編、1957) によると、大正10年には山林の売渡しが決定し住民は離散したとある (p.2、北陸電力社長 山田昌作の記述)。

小口川発電所

『土木學會誌』第17巻第8号 (1931 (昭和6) 年) に「日本海電気小口川発電工事報告」(土屋祥三) がある。
小口川第一発電所は1924 (大正13) 年から、第二発電所は1929 (昭和4) 年から、第三発電所は1931 (昭和6) 年からそれぞれ稼働しており、歴史は古い。これらの工事にあたり、幅6尺の道路を造り千垣駅付近から索道を設けたと記載してある。
祐延ダムから小口川第三発電所への落差は 600 m を超え、揚水発電所を除いた一般水力発電所ではいまだに日本一らしい。
第三発電所に真立ダムがあるのだがバットレスを「中空堰堤」と表現されていた

土木學會誌17巻8号から1

さらに上流の祐延ダム。のちに黒部で大工事がおこなわれるが、富山には経験と布石があったのだなとも思わされる

土木學會誌17巻8号から2
貯水池面積 63 町歩餘,有効貯水量 3 億立方尺,右岸一體の地質は石英斑岩,左岸は片麻岩乃至玢岩にして貯水後の漏泄する懼なしと認めらる。
貯水池内は大部分濕地にして白樺の粗雑林なり

寒冷地ゆえ「冬期の温度は零下 20 度位迄下降するを以て貯水池面の氷結は免れ得ず」対策を施してあるとのこと。

有峰ダム

また 第43巻第6号 (1958 (昭和33) 年) には「有峰ダム工事計画について」(市浦繁) があり、

本ダムは富山県電気局により昭和12年に高さ 110 m のコンクリート重力ダムとして工事に着手し,のちに日本発送電に継承されたが戦時中に中止された。電気事業の再編成後,北陸電力は有峰発電計画を再検討し,新らしい時代の要請に即応してダムの高さを 140 m に増し,貯水池の容量を増加するとともに,発電所出力も飛躍的に増加せしめた

多量の積雪と多雨のため「年間総雨量は昭和15年から昭和19年までの5カ年平均で,有峰観測所で 3147 mm,真川観測所で 3930 mm」とある。日本国内でもトップクラスの多さ。

有峰盆地があつて,戦前には数十戸の人家があり農業を営んでいたが……付近の地形が急峻なため,資材輸送に困難を感じていたところ,着工前神通川の猪谷方面から大多和峠を経てダムサイトに通ずる輸送路が開設されるにおよび,交通は画期的に便利となった。戦前は和田川沿いにインクラインと軌道による輸送路があつたが,輸送力も小さくかつ危険なものであつた

ダムに歴史アリ

土木學會誌第43巻第6号から

跡津川断層のことにも次のようにふれてある

有峰盆地は断層崖下に形成された傾動地塊盆地であつて,この傾動地塊を構成した断層はいわゆる跡津断層と呼ばれるもので N70°E の走向を有し,垂直に近く南側の落ち込んだ正断層として,厚さ約 10 m の断層角礫を有している……
有峰ダム地点は跡津断層より約 500 m 離れ,その影響はほとんど受けていない

これは施工側の、土木側の視点であることを念頭に置かないといけないだろうとは思う。
セメントは山口県から小野田セメントのものを運んで使用したともある。堤高は国内14位、総貯水量は国内15位という大ダム。

次は地理院の 地図・空中写真閲覧サービス から、1947/11/06 (昭22) をトリミングしたもの。
左が祐延ダム、右の有峰ダムはコンクリート 138,000 m³ を打設したまま戦争のため工事が中断された状態

地図空中写真閲覧サービスから1947/11/06

富山は、豊富な水のおかげで発電用のダムがいくつもあり、その電力を利してアルミなどの産業が栄えたものと思う。豊かさを担保しているのはやはり水なのだろう。

現在の地理院地図には祐延貯水池に「すけのべ」と振ってある。ダムや都市圏活断層図では「すけのぶ」となっている。
この揺らぎについて有峰森林文化村会議の「ありみネット」によると *

Q「祐延」は、「すけのべ」と「すけのぶ」のどちらの呼び方が正しいのですか?
A 文献を見てみると、「有峰を探る」(上新川郡文化協会編, 1957) では「すけのべ」、「有峰と常願寺川」(北陸電力株式会社, 1981) でも「すけのべ」、「山と溪谷」(田部重次著, 1929) では「しけのべ」と表記されています。「しけのべ」と「すけのべ」は、恐らくどちらかが訛ったものと思われます。祐延湖にある案内板には「すけのぶ」と書かれています。どちらの呼び方も正しいようですが、一般的には「すけのべ」と呼ばれることが多いようです

白黒つかずグレーの両論併記。こういうのは是か非かではないので、それで良いのだろうと思う。
由緒がありそうな祐延という名の集落がダムに沈んだのかと想像したが、そういう記載はなかった。富山県立図書館の「古絵図・貴重書ギャラリー」でも見当たらなかった。
* http://www.arimine.net/naze/sukenobeko.htm

上記の分水界の線は「日本の主要な分水嶺分水界のマップ」にも収納してある。

サイトの名称を地図蔵あらため Japonyol とした。改めたというより元に戻しただけだが、とくに意味はない。

最新記事: 位置情報 Geolocation API の実装 (2024年04月23日)
japonyol.net