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昭和初期の桜島南部の地形図

公開日: 2018年1月12日

古い2万5千分の1地形図「櫻島南部」(参謀本部、昭和7年)Stanford Digital Repository の一部。

参謀本部「櫻島南部」昭和7年

1946年(昭和21年)の POI の前なので、地形が現在とは大きく異なる。

1914年(大正3年)の今日1月12日、大正噴火が発生。大隅半島と陸続きになった。
当時の火口列が明確に記載されているが、現行の地形図では認識しにくい。
また昭和火口の東にある権現山の南西の谷も、溶岩により浅くなっている。
黒神地区にあった「腹五社神社」の POI は、大正噴火で埋め尽くされたもの。

こちらも参照を:鹿児島市周辺の変化とダム