鹿児島の変化とダム

Home » Articles » 鹿児島の変化とダム, published: 2019-10-31 (updated: 2019-11-12)

昭和7年修正測図25000分の1「鹿児島北部」と「鹿児島南部」から各々一部。フルスクリーン推奨。
桜島の西部は意外と変化に乏しい。それに比べて市街地の変貌ぶりは凄まじい(とくに郊外丘陵の宅地化)。
山林は、それなりの保水力があると思うけれど、どうなのだろう?
あと、古い地図では紫原地区のキレイな勾配の台地が目立つ。

1993年(平成5年)8月豪雨で鹿児島は大災害を被った。甲突川、新川と稲荷川が氾濫し広い範囲で浸水。甲突川にかかる五石橋のうち新上橋(弘化2年)と武之橋(嘉永元年)および県内最古の石橋といわれてきた実方太鼓橋(寛永年間)も流失。

平成25年、穴あき治水専用の西之谷ダムが完成したとのこと(新川の上流・田上川)。鹿児島市内には他に日置市との境に近い松元ダム(灌漑用)しかないが、これは西の吹上浜へ流れる永吉川。
シラスの土地に、やっぱりダムは難しいのだな。活発な火山と大雨。前門の虎、後門の狼という感じ。
1993年8月6日の鹿児島市の雨量は一日で259mmだったとのこと。
なお昭和7年の桜島については昨年、記事にした