名神高速道路のこと

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公開日:2021-01-07 更新日:2021-01-15

日本で最初に開通した高速道路は、首都高速道路の京橋~芝浦の4.5km。1962(昭和37)年12月のこと。
愛知県の小牧から兵庫県西宮を結んだ名神高速道路は、1965(昭和40)年7月に全線開通した。高速自動車国道としては、もっとも歴史がある。

1963(昭和38)年に発行された『土木學會誌』第48巻第8号に座談会メモ(伊藤富雄・大阪大学)があるのだが、

昭和31年5月に米国から招いたワトキンス調査団は,名神高速道路の経済的ならびに技術的な総合調査を目的として来日したのであるが,その報告書において,ただちに高速道路の建設に着手すべきことを政府に建言すると同時に,つぎのような名言を残している。「日本の道路は信じがたいほど悪い。工業国にしてこれほど完全にその道路網を無視してきた国は,日本のほかにはない」というのである

発展途上にあって鉄道に偏重し、道路については未熟だったことがうかがえる。

道路の進化

鉄道(東海道本線)の大津~京都は1879(明治12)年に敷設された。トンネル技術が未熟だったため南に迂回していたが、1921(大正10)年に現在の新線へ移った。旧線の一部は、のち名神高速道路に転用されるのだが、1958(昭和33)年10月、この山科工区から工事に着手された。
伊藤の座談会メモ、

カーブは直線を結ぶためにやむをえず入れるという従来の考え方の是正,クロソイド曲線の採用,土質,舗装等に関する厳格な仕様書の制定とそれによる施工管理の徹底,軟弱土,膨張性地山の克服,ロッカーピアーなど新構造型式の採用,その他ガードレール,道路標識のごとき付属構造物に至るまで,一つとして新研究,考案の加えられていないものはないほどである

ドイツなどから招聘したコンサルタント(F・ドルシュなど)の示唆が多かったらしい。
第48巻第7号に「名神高速道路の建設について」という報告(高橋敏五郎・日本道路公団高速道路大阪建設局長)がある。

実現した線形は,現存するわが国道路の中では最もすぐれたものであり,高速走行上の障害も少ないものと思われるが,さらに進んで,高速道路の理想線形の観点からは今後改善すべき種々の課題を発見している......
土工工事のなかばから,Landscaping の観念が導入された。正しい Landscaping は,すでに路線選定に際して,さらに実施設計の作成時において配慮されるべきで,その点,この道路ではおそすぎたけれども,一部の切取のり頭やのり面に,曲線をそう入したり,わずかながら沿道植栽などを行なった

さらに1964(昭和39)年11月の第49巻第11号でも、片平信貴・日本道路公団理事が「東京~神戸間高速道路」と題し

土質工学の現場への導入も,名神高速道路建設の大きな功績であろう。土をセメントや鉄と同程度に土木材料として取扱い,路体,下部路床,上部路床など,盛土の各部分に応じて使用すべき土の性質を規定し,さらにその締固めの度合も厳格に規定し,実際にその規定にしたがって,施工の管理を行なったのは,日本では名神高速道路が初めであったといっても過言ではない

さらには、

平面線形と縦断曲線の組合せについては,道路が運転者にどう見えるか,ということが問題で,二,三の公式,たとえば,平面線形と縦断曲線とは,完全に重なり合うことが望ましい,一つの平面線形の中に多くの縦断曲線が入ることは望ましくない。凹の縦断曲線の底部に短い直線を入れることは避けるべきである,などは明らかにされているが,公式化されないいろいろな組合せがどう見えるか,どう運転の障害になるかは,今後検討し解決して,できれば公式化されねばならない

といった将来への課題提起がされ、名神高速道路がさまざまな点で未来の雛型となることを示している。
たとえば「凹の縦断曲線の底部」とはサグ(Sag)だが、渋滞を引き起こす要因のひとつとして科学的な分析が続いている。

名神高速道路のマップ。POI 昔の山科駅あたりが、鉄道から道路へ転用されたところ(施工にあたった鹿島建設の記事も参照を)。

LeafletJS Map

クロソイド曲線(Clothoid Curve)はドイツのアウトバーンで世界で初めて道路設計に用いられた緩和曲線だが、日本で最初に導入されたのは群馬県みなかみ町の国道17号、三国峠の南西に1952(昭和27)年に施工されたもの。現地に POI クロソイド記念碑がある。

なお名神のあと東名、中央と高速道路網は次々と広がっていき、名神も POI 線形改良など改善が続いた。
名神高速道路の管理については、日本道路公団が分割民営化されたあと、POI 八日市ICの東はNEXCO中日本が、西はNEXCO西日本が管理している。
一部が供用されている新名神高速は、名神に比べ、車線は1車線あたり15cm広く、道路全体では4m広い。曲線半径は名神がおおむね1000m~2000mであるのに対し、新名神は大部分が半径3000m以上。勾配は名神の5%に対し新名神では2%に抑えられている。冬季は関ヶ原の雪も回避できる。

雑感

昨年の交通事故による死者は、最少の2839人にとどまったとの報道があった。過去最多だった1970(昭和45)年の1万6765人に比べ6分の1近くまで減少した。
自動車の安全性能の進化による部分が大きいだろうが、道路の技術進化のおかげ、という部分もかなりあるように思う。新東名など新しい高速道路を運転すると非常に快適で、ストレスや恐怖を感じることは、まずない。
逆に、古い道路では不快なハンドル操作を強いられる線形に遭遇することもある(例えば藤塚IC)。

おまけ、1960(昭和35)年1月の45巻1号に次の記事。中央道の計画だが、リニアに近い。

幻の中央道計画

土木技術的には可能とされたが、山岳部分の防災管理と経済効果の点から疑問視され、結局このルートは実現せず1964(昭和39)年に現在の諏訪回りへ変更となった。
神坂(=恵那山)トンネルは計画のとおり建設された。これも両坑口をあえて直線とせず「車両の速度抑制効果と運転者の目の暗順応を良好ならしめる緩和照明効果および外界の太陽光による眩惑防止効果などを考え」クロソイド曲線を設置してある(54巻4号「恵那山トンネルの計画と施工」)。

出典=土木学会
こちらも参照:高速道路と道の駅マップ

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