地すべりによる鉄道トンネルの崩壊

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公開日:2021-01-11 更新日:2021-01-11

『土木學會誌』第55巻第7号(1970(昭和45)年7月)に久保村圭助(国鉄施設局土木課長)、山田剛二(国鉄鉄道技術研究所防災研究室長)両氏による報告「飯山線高場山トンネルの地すべりによる崩壊」が収録されている。

飯山線高場山トンネルは,昭和45年1月22日午前1時24分に地すべりによりトンネルの約半分が崩壊した......
地すべりの様相が明確となったのは昭和44年8月の豪雨以降であって,それ以後トンネルの変状が著しくなった

それまでも国鉄では、1910(明治43)年8月の奥羽本線(赤岩)に始まり昭和41年7月の東北本線(浅虫~野内間)まで、不通を伴う地すべり被害を25件も受けていた。1932年の関西本線・亀ノ瀬トンネルの圧壊(対岸へ路線変更)、佐久間ダム完成の翌年1957年の飯田線・第1西山トンネル圧壊などが含まれる。
この高場山トンネルのケースは、移動沈下、履工の亀裂や支保工の変状などを緻密に測定・監視して地すべりの規模・崩壊時期の予測をほぼ適確に行なった事例。

この付近は信濃川の蛇行湾曲部にあたり、急傾斜の突出部となっていて、大崩れ地域内の未崩壊の斜面であった

明治44年測圖昭和6年修正5万図「小千谷」の一部(Stanford Digital Repository)

明治44年測圖昭和6年修正5万図「小千谷」の一部、Stanford Repository

高場山トンネルは延長187m(ただし1969年8月起点(西)方坑口20m撤去)の単線型トンネルで、R=600mのゆるい曲線。1927(昭和2)年に建設が完了。その後、融雪期に限っていくつかの変状があり、これに対し補強工事もされていた。信濃川の増水による洗掘が崩壊の原因と考えられ、川寄り(北)に並走する県道に護岸工(井筒工)も施工されていたという。

1970年1月22日の地すべり

地すべり現場の平面図

観測経過やデータ分析は端折るが、丁寧な監視と調査(地すべり計やボーリング等)が続けられていた。そして1969年12月28日には全列車を運休、バスによる代行輸送に切り替えている。年が明け1970年1月になると、

1月14日地すべり計は40mm/日,トンネルの移動は20~30mm/日に達し......
モルタルのはく落,矢板の折損を生じ,また鋼製なだれ覆いのボルトが折損し,坑口付近の路盤の盛上がりが生じ,トンネル内道床が沈下,まくらぎが浮上がる状態となり,セントル頂部の継目が開くのが見られた......
20~21日にはセントル継目ボルトの折損,切断,履工の落下する音が聞こえた。地すべり計は162mm/日の移動を示した。1月21日15~17時に11mm/h,17~19時には15mm~16mm/hと急激に進行し,22日の夜半に崩壊するであろうと判断され,さらに24時の時点では22日1時30分頃崩壊するであろうと予想された
地すべり現場の断面図

大崩壊は1時24分に始まり、同26分に終わった。上部滑落面付近がまず滑動し、それがかなり進行してから下方土塊を川へ押し出す経過をたどったと判断される、という。また延長187mのうち西側の80mが崩落、残り87mは無事だった。

LeafletJS Map

参考:POI 関西本線のケースPOI 飯田線のケース新潟に戻る

積雪期であり、同報告に引用されている朝日新聞社提供の写真には、雪ごと三角形に大きく落ちている。
この崩壊を予知して保線区では「列車運転停止基準」と「作業安全基準」を設け、安全を確保していた。今でいうリスク・マネジメントが機能したということか。
また、時期の予知には斎藤迪孝氏の「第二次クリープ定常ひずみ速度および第三次クリープ移動速度による理論を適用した」とのこと。

復旧は、現状の別線トンネルが施工された。すなわち地すべり土塊にかからぬよう南へ曲げ安定基盤内に建設しなおし、同年11月29日に新高場山トンネルが開通している。
なお「地すべりによる飯山線高場山トンネルの崩壊」(星埜和、『水利化学』、1970年)によれば「元通りの線路で復旧する」と「信濃川に橋梁を架ける」の2案もあったとのこと。

70年代の画像とシームレス画像とを見比べると、どうやら当時の滑落崖より上もさらに崩れているように見える。
記録では滑落崖の最上部が標高150mあまりなので、さらに上部にある崖は、この地すべりとは関係ない。
陰影起伏図で見れば、10kmほど北東の山古志と同様に大規模ではないが、メリハリのない、ゆるふわな感じの地すべり地形が多い。

『建設技術者のための地形図読図入門』(鈴木隆介、古今書院)第4巻によると、

高場山付近の西向きケスタ地形が示すように,ほぼ南北方向の走向で西落ちの軟岩層で構成され,全域に多数の地すべり地形が発達

また「地すべりについて」(小出博、『土木學會誌』第47巻第1号、1962年1月)では、こうした第三紀層のものに比べ、破砕帯地すべりは急激で破壊的な型が多い(十津川、庄川や小渋川などの例)と指摘したうえ、

この型の地すべりに共通したことは,主として豪雨の場合におこるが,豪雨の最中ではなく,豪雨が上って一両日たったときにおこりやすいことである。だから雨上りの晴天におこっている例が非常に多い

台風の場合でも、雨が上がると「もう大丈夫」とわれわれは思い込みやすい。
また「崖くずれ」と「山くずれ」および「地すべり」の定義の相違について、当時の認識が述べられている(とても理解しやすい)。
これら古い文献の時代と現在では、知見が質量とも違うだろうが、たいへん参考になるし、災害を用心するにこしたことはない。
ここ数日の日本海側の豪雪もまた、雪崩や地すべりなどの災害リスクを蓄積しているはず。

近年では2013(平成25)年4月、浜松市天竜区春野町で地すべり(あるいは土砂崩れ)が起きたが、これも被害を未然に防いだ好例だと思う(「天竜区春野町の災害地点」(2019年1月18日)を参照)。

※以上、2017年4月21日に書いた記事「小千谷の地滑り」を大幅に書き直した。
つねに「小学生にも読める記事」を心がけているのに、最近は堅苦しくて申しわけない。
また受験シーズンであるにもかかわらず「すべり」を(今年も)連呼してしまい、かさねて申しわけない。
出典=土木学会