木地師に由来する地名など

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公開日:2020-06-25 更新日:2020-06-25

木地師(きじし、または木地屋)とは、ろくろ(轆轤)を回して椀や盆などの木工品を製作する職人のこと。杣(そま)に含まれる。
9世紀に近江国の蛭谷に隠棲していた惟喬親王が木工技術を伝授して始まり、日本各地に伝わったというのが定説。
5万分の1地形図「御在所山」明治24年測図大正9年修正(Stanford Digital Repository)から、東小椋村(現在の滋賀県東近江市)の蛭谷と君ヶ畑

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木地師ゆかりの姓や土地

木地師は日本各地の山中を遍歴、移動して生活する集団で、木材の木地を荒挽きし、轆轤を使って椀や盆などを作り、山の木を伐りつくすと次の山に移っていった。これを「飛」などと称した。
木地屋の移動したところ、その足跡を示す地名が残っている(消えたところもある)。各地に残る「木地」をはじめ轆轤、轆轤谷、六呂山、六郎谷、六郎丸、六九谷、六六師、鹿路などの地名は、木地師が居住したところ。

また小椋、小倉または大蔵などが木地師にゆかりのある姓といわれ、起源である永源寺の蛭谷君ヶ畑は小椋姓の家が非常に多く、また長野県南木曽町の漆畑は小椋姓と大蔵姓のみの集落。

木地師ゆかりの集落ないし地名を一部だが拾ってみた。他にも南会津、南信、美濃、鳥取智頭などに多い。

「河内」や「田代」などが代表的な里の文化・歴史とは対極のもの。
当然、時代とともに生業として成り立たなくなり、転業転出が続いて廃村となったものも多い。地名も失われていくのは残念。
定住農耕の日本民族にありながら、遍歴し漂泊するスタイルは、いま思えば奇特だ。
研究の先鞭は柳田國男。その他にもネット上には木地師についての情報や研究成果がたくさんある。
出典:Wiki など。『手仕事の日本』も参照を。

宮崎県椎葉村ロクロ

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