鹿児島県の北薩トンネルは2009年3月に着工、2013年3月に貫通。その後も減水対策を施工し2016年10月までに完了した。北薩横断道路きららICから中屋敷ICまでの区間が開通したのが2018年3月25日とのこと。
供用前の2017年に「トンネル掘削から判明した紫尾山花崗岩体中のヒ素鉱物とその溶出機構」(PDF、大山ほか、『応用地質』第58巻第4号) がおおやけにされていて
このトンネルの地質は,大部分( 3 分の 2 )が紫尾山花崗岩体を構成する花崗閃緑岩からなり,残りの部分(出水坑口から約 1.7 km までの区間)は四万十層群の砂岩および砂岩頁岩互層からなる...
出水側坑口から 1.5 km 付近で花崗閃緑岩に到達した段階で,溶出量を超過する掘削ずりが出現した.そして,1.8 km 地点の破砕帯を掘削中に突発出水(最大 300 t / h)が発生した.しかも,この切羽での湧水にはヒ素が 0.1 〜 0.3 mg / L 含まれていたことから,直ちにトンネル排水についてヒ素除去処理(塩化第二鉄による凝集沈殿)を行った
掘削時の湧水は坑口から 1,500 ~ 2,200 m の範囲におよんだとのこと。
今年2024年7月25日に湧水と路面の浮き上がりが確認され、同27日には覆工コンクリート背面から土砂が流出し通行止めに。土砂流入や剥落は出水市側坑口より 1,870 m 地点とのことで、建設当時から難儀したというホルンフェルス帯のもよう
出水工区は坑口から 2.057 % の上り勾配とのことなので、1870 × 0.02057 ≒ 38.5 m、坑口の標高が 275 m だとすると被災地点の土被りは 210 m あまりか。
出水側坑口のすぐ北に排水処理施設がある。自然由来のヒ素については処理能力の範囲内なら問題ないのだろう。
この工事については「北薩トンネルにおける大量湧水を減水するRPG工法について」(一般社団法人九州地方計画協会) にも詳しいが、当該RPG工法も完璧ではなかったということだろうか? 北薩の工法を参考にして岐阜県瑞浪市に掘削中だったリニア中央新幹線日吉トンネル (14,532 m) は、工法の見直しを含め内容を再検討するとJR東海が発表していた。
近代トンネルが開通から8年もたず毀れたというのはショッキングなこと。
北薩トンネルの被災状況について (PDF、鹿児島県) で事態の概要は説明されている。次は同資料から
アメダス No.88101 紫尾山 (標高 1,060 m) の今年7月の月間降水量記録は 701.5 mm だが、15日までに集中している。16日から31日の間は計 13.5 mm にすぎない。時間をかけて地下に浸透し帯水層をぱんぱんにしたとか、水収支に異常をきたしたのだろうか? しろうとにはまったく分からないが、新たな知見が得られるのだろう。今後どのような対応がなされるか傍観したいところ。
(全国の高速道路や高規格道路のマップ を10年以上アップデートしているので必要にも迫られているわけだが)
九州新幹線の出水駅から川内駅の間は紫尾山を避け西へ迂回している。これには土被り以外にも理由と根拠があったのだろう。
新幹線の第3紫尾山トンネルでも建設中に大量湧水が持続的に発生したそうだが、こちらは出水市高尾野町の鳥越浄水場まで導水して上水道に利用しているようだ。
土木学会第56回年次学術講演会 (2001年10月) の「大量湧水を伴う未固結砂岩層での変状対策」によると、第3紫尾山トンネル始点側坑口より 1,526 m 掘削した時点で未固結砂岩層から大量湧水が持続的に発生し支保が大きく変状したとある。湧水の原因は「トンネルと 200 m 上方の河川との間の砂岩層に水みちがあり,主に河川から大量の湧水が供給されたためと判断した」と 書いてある (PDF)。
参考までに北薩トンネルの南側、川内川右支の田海川源流域は藤川山林 (株) の社有林らしい (社有林の概要、PDF)。地図では砂防堰堤が多いので水量も豊富なのだろうか。平成9年鹿児島県北西部地震の後、山林被害が大きく沢の水の濁りも酷い状況だったようで、シカの食害も酷いとある。林野庁 (PDF) でも紫尾山について「県内でもシカの生息密度が高い地域であると報告されている。特に過去10年程で個体数が増え、樹皮剥ぎや夜間の道沿いの出没が見られる」とある。山の保水力も落ちているのかもしれない。
ところで北薩横断道路「きららIC」の「きらら」は「雲母」という地名にでも由来するのかと思っていたら、きららの楽校 によると泊野川は古くから地元で「きらら川」と呼ばれているそうだ。雲母がキラキラ水面に輝くから、ということみたい (本物のキラキラネームだ)。
河川の水は地質や土壌次第で青色っぽかったり緑色っぽかったり茶色っぽかったりするが、雲母がキラキラというイメージでとらえたことはなかった。面食らうとともに素敵だと思った。
鹿児島は自然地名まで奥が深い。
トンネルの基礎を知るには、大島洋志氏の「トンネルと地下水 —私が学んできたこと—」(PDF、『地下水学会誌』第62巻第2号、2020) および「私のトンネル路線選定秘伝」(PDF、『応用地質』第45巻第4号、2004) を通読すれば理解しやすい。
おぼえがき、おしまい。
フランスの失敗例、マルパッセ