山梨県富士吉田の地形など

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公開日:2020-07-29 更新日:2020-07-29

参謀本部大正10年測図昭和4年鉄道補入2万5千分の1地形図「甲斐吉田」を重ねて載せる。
この時代は未だ開発が進んでいないので、いさぎよいくらい何もない。だから地形はむしろ読みやすい。

新倉掘抜とか忍野村とか

新倉の南東は透水性の溶岩台地(剣丸尾)が広がり地下水の利用や用水路の開削が困難なので、河口湖から掘られた水路が「あらくらほりぬき」。1675年に着工され1690(元禄3)年に完成したという説が有力らしい。
現在、新倉掘抜の POI 取水口跡は駐車場、POI 新倉側出口は辨天神社の裏手に残っており、1913(大正2)年に掘削された新暗渠(POI 鹿留発電所嘯水路)が開通するまで機能したとのこと。

もともと河口湖は吐口となる河川がなかったため、大雨で水位が上昇すると湖水位はなかなか低下せず、古くから浸水の害を被った。
POI 嘯(うそぶき)治水トンネルはその洪水対策で、1994年完成。
なお「1級河川相模川水系河口湖」なので、神奈川県民にとっても大切な湖であり水である。
加えて西湖の水は POI東京電力西湖発電所の水路で人工的に河口湖へ流れ込む。1919(大正8)年運用開始とのこと。

昔の忍野村、何もない。側火山(スコリア)と考えられている POI小臼は、現行の地形図よりよほど認識しやすい描画になっている(「富士の側火山」も参照を)。忍野八海は、出口池を除いて特段の記載がない。

出典: 嘯新放水路(富士の国やまなしインフラガイド)

余談

富士の北麓といえばマツタケ。あまり知られていないが、マツタケが採れる。
どこで採れますか? という問いに答える人は、まずいない。