手取川の上中流域

Home » Articles » 手取川の上中流域
公開日:2020-08-01 更新日:2020-08-01

明治42年測図昭和5年修正5万分の1地形図陸地測量部「鶴来」、明治43年測図昭和5年修正内務省「白峯」および参謀本部「経ヶ岳」を重ねて載せる。
この当時すでに白山水力(吉野谷)発電所は稼働している。1926(大正15)年5月の運転開始、歴史が古い。
また尾小屋鉄道や金名鉄道の記載がある。鉱山もあった。旧尾小屋隧道、旧阿手隧道なども書き込まれておる(今は崩壊)。

石川県南部、白峰

POI 手取川ダムは多目的(洪水調節・農地防災、上水道用水、工業用水道用水、発電)ロックフィル。その完成によって五味島、釜谷、深瀬や桑島といった集落が水没。
POI 大日川ダムも多目的(洪水調節・農地防災、灌漑・特定(新規)灌漑用水、発電)重力式コンクリートダム。これができて小原集落が水没、くわえてPOI 杖集落も「津江」と名を変えたのち廃村。

手取川は長くないが、水源から河口までの平均河床勾配が27分の1と急峻。鶴来で西へ向きを変え、典型的な扇状地をつくる。
POI 不連続の霞堤が古い地図できれい。デ・レーケの指導で建設された大水門と給水口をもつ「七ヶ用水」は1903(明治36)年竣工。

POI 市ノ瀬集落は、もともと切り立った谷だったらしい。1934(昭和9)年7月の大雨に伴う土石流で、湯の谷にあった白山温泉や下流の赤岩集落と共に埋もれ壊滅、河床が高まったとのこと。下流のPOI 百万貫岩(4,839 t)も、このとき宮谷川から土石流で運ばれたもの。

地すべり地形が非常に多く、手取川の源流部は砂防工事で大変なところだが、POI 甚之助谷は今も地すべりが進行していて飛島建設が施工にあたっている。最近では2015年5月に尾添川上流の POI 中ノ川右岸で地すべりが起きた。

「余談」は Twitter(@japonyol_net)で書くことにした。

参照=「白山の自然誌18 手取川の地形」(石川県白山自然保護センター、1998)ほか