1960年5月チリ大地震

Home » Articles » 1960年5月チリ大地震, published: 2019-05-11 (updated: 2019-09-07)

史上最大の地震である1960(昭和35)年5月のチリ(バルディビア)地震について、日本では、これに因る津波が三陸地方を襲い142名の死者・行方不明者を出したことが知られている。
2005年、チリ・サンティアゴにある日智商工会議所の会報へ私は駄文を寄稿したが、約60年前のこの地震そのものとチリ国内の状況については詳しく理解していなかったので、改めて概要整理。

次のマップに、その前震・本震・余震などを示してみる(時間はチリ現地時間)。本震のモーメントマグニチュードは9.5。

  • 前震@Curanilahue (5/21, 06:02 M7.3)
  • 前震@Curanilahue (5/22, 06:32 M7.3)
  • 前震@Cañete (5/22, 14:55 M7.5)
  • 前震@Chiloé (5/22, 15:10 M7.5)
  • 本震@lat: -38.143, lng: -73.407 (5/22, 15:11 M8.5 (MW9.5)
  • 余震@Península de Taitao (5/25, 04:37 M7.0)
  • 余震@Puerto Edén (5/26, 09:56 M7.0)
  • 余震@Península de Taitao (6/02, 01:58 M6.75)
  • 余震@Península de Taitao (6/06, 01:55 M7.0)

5月21日は祝日(海軍記念日)だが、前震のため、ときのアレサンドリ大統領は祝典を中止。
22日15:11、本震(およそ10分続いたとのこと)。
最も被害が大きかったのがバルディビア(Valdivia, 当時の人口は約26万5000人)とその周辺。住宅の4割が破壊され2万人以上の人々が家を失った。カジェカジェ川(Rio Calle-Calle)は溢水、洪水が発生。
コラル港(Corral)では海面が約4メートル上昇した後、16:10頃に急速に後退、湾内の船舶舟艇を引きずっていった。
16時20分から、高さ8メートル程度の津波がコンセプシオン(Concepción)からチロエ島(Chiloé)にかけて襲う。地震自体よりも津波のほうが大きな被害をもたらした。津波は太平洋を横断し三陸地方を襲う(MW9.5の発生が5月22日15:11(日本時間5月23日04:11)で、釜石に到達したのが日本時間5月24日02:35)。

  • チジャン(Chillán)で建物の2割が損壊
  • タルカワノ(Talcahuano)で建物の6.5割が損壊
  • ロス・アンヘレス(Los Angeles)で建物の6割が損壊
  • プエルト・モン(Puerto Montt)は建物の8割が損壊
  • コンセプシオン(Concepción)は125人以上の死者、2000戸の家屋が焼失
  • 地すべりも各地で発生、Peihueco などいくつかの集落が地図から消えた
  • などなど

ビジャリカ(Villarrica)地方、7つの連結する湖の再下段に位置するリニィウエ湖(Lago Riñihue)から流出するサン・ペドロ川(Río San Pedro)が地すべりと土砂崩落によって閉塞。湖面が26.85m上昇し湖畔の家や倉庫等が浸水したが、陸軍等のマンパワーだけで下流域の大惨事を未然に防いだ。

チリでは、記録に残るだけで1647年、1751年、1822年、1835年、1868年、1906年、1922年や1928年などなど、細長い国土の随所で大地震が起きているが、この1960年の一連の巨大地震は、中部からパタゴニアにかけ約1400kmに及ぶ広域を襲っているという点で桁が違う。日本でいえば札幌から福岡まで害を被ったようなスケールにあたる。
『Estrategia』によれば、要因は巨大なアクアプレーニングとのこと。

Lo que pasó en el sur de Chile fue un enorme 'aquaplaning' geológico.

また当時のチリの人口は約770万人だが、そのうち約200万人が被災したとのこと。

以上は Wiki のほか、現地紙『Tercera』のサイトであるIcarito、経済紙『Estrategia』の記事、チリ政府による概要など参照した。
なお震源(Epicentro)については文献によってまちまちだが、ここでは米国地質調査所(USGS)の記録にしたがった(39.5S, 74.5W とするものもある)。
また前震と余震については「おおよそ」の位置。チリ国内の死者・行方不明者の数もまた、まちまち(2000~2500との記載が多い)。
専門的・学術的にアプローチする場合には、チリ海軍付属機関SHOA(Servicio Hidrográfico y Oceanográfico de la Armada de Chile)による報告書(PDF)や、チリ大学理工学部土木工学科 Roberto LAZO 氏による論考(PDF)など参考になると思う。
特に前者は、各港湾や島嶼の被災状況、潮位の変化などが当時の写真とともに収録されている。
日本側では、内閣府「防災情報のページ」に詳しい。
なおチリでは、ピリオドとコンマの取り扱いが日本とは逆。

私は1994年と96年に、バルディビアやプエルト・モンなどこの地方を訪れたが、とても美しい地域。当該震災の痕跡などは一切気付かなかった。