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チリ地震(サンティアゴ大地震)が起きたなら

(2005年1月 8日)

【※以下は、『日智商工会議所会報 No.198』(2005年1月)に出稿したもの】

そろそろチリでも再発するかもしれない大地震。
昨年(2004年)10月23日午後、横浜のわが仮寓が横に揺れた。しぶとく揺れ続けた。すぐさまテレビをつけると、新潟県中越地方で大きな地震が発生したといっている。これは死者40人、負傷者約3,000人、避難者約10万人、家屋損壊約9万棟という大規模災害となった。
また、1995年1月17日の阪神淡路大震災から10年になる。これは死者6,432人、負傷者43,792人、家屋倒壊 249,180棟、家屋全焼6,965棟という大惨事。
チリにとっては「対岸の地震」どころか、もっと激しい。1960年5月22日のヴァルディヴィアを中心とした南部を襲った大地震は(日本では一般にこれを「チリ地震」と呼称しているけれど)、近代の地震観測史上最大の地震といわれる。マグニチュード(M)8.5(モーメント・マグニチュードは9.5)、断層の長さ800km、幅200km、変位量24mという。ここ半世紀に地球が放出した地震エネルギー全体の約4分の1を、このヴァルディヴィア地震が占めているらしい。比較すると、次の表のようになる。関東大震災や阪神淡路大震災よりはるかに強烈なのがわかる。

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チリ近辺は、海洋プレートの「ナスカプレート」が、大陸プレートの「南アメリカプレート」の下に潜り込んでおり、M8~9の巨大地震が頻繁に発生するという。むかし理科で習いましたね。大きな前震、本震、津波を発生させるという特徴もある。

zu02.gif1960年5月の地震の場合、まず前震がM5~6クラスで始まり、続いて本震がM8クラスで発生、加えて余震もM7クラスであったために、遠く離れたサンティアゴまでが壊滅。また有感地震が約1,000キロメートルにわたって観測された。地震による直接的な犠牲者は1,743人、負傷者は667人(チリ全土で5,000人以上の死者ともいう)。またこれによって発生した津波は太平洋を横断して日本に達し、大きな被害をもたらした。地震発生から22時間後に最大で6メートルの津波が三陸海岸沿岸を中心に襲来し、142人が亡くなった。
現在のサンティアゴでこんな巨大地震がまた発生したらどうなるか。つらつら想像してみた。

日本から助けは来るか

日本政府がやれることは、邦人救出のための輸送機の派遣。

自衛隊法第100条の8 (在外邦人等の輸送) 長官は、外務大臣から外国における災害、騒乱その他の緊急事態に際して生命又は身体の保護を要する邦人の輸送の依頼があつた場合において、当該輸送の安全について外務大臣と協議し、これが確保されていると認めるときは、自衛隊の任務遂行に支障を生じない限度において、当該邦人の輸送を行うことができる。(後略)

1997年にカンボジアで武力衝突が発生したとき、1998年インドネシアで暴動が発生したとき、日本政府はそれぞれC-130H輸送機を飛ばした(いずれも移動にとどまった)。
「邦人」とは「日本国のパスポート所有者、日本国籍をもつ者」と政府解釈(参・内 5・11・9)。しかし、チリ在留邦人1,000人以上が全員避難するかどうかはともかく、1機でこと足りるか。
首相や国賓などがよく乗っている日の丸の政府専用機は、羽田ではなく千歳にいて(航空自衛隊の特別航空輸送隊・第701飛行隊。アテンドする女性も含め乗員は当然全員が自衛官)、2機しかない(ボーイング747-400改。国際法(国際民間航空条約第3条(b))上は軍用機)。または回転翼航空機(自衛隊のC-130Hなどの輸送機)か、民間機をチャーターしないといけない。こちらのほうが可能性は高い。なぜなら政府専用機は万一に備え常に2機抱き合わせで(つまり1機が予備で)飛ぶ。先のAPECでも、2機揃ってサンティアゴに飛んだはず。よって、国賓の輸送または総理の外国公式訪問などで、この2機のジャンボが出払っているという場合も考えられる。
くわえて距離的な問題。まず船舶は南米まで時間がかかりすぎて無理。航空機でも、日本からチリまで小泉首相はほぼ24時間で到着したようだが(それでも、地震発生から約22時間で三陸地方に到着した津波より遅い)、回転翼航空機では速度や航続距離の問題で、どうやったって30時間以上はかかるだろう。東南アジアとはわけが違う。しかも上記自衛隊法の規定は、次のように政府答弁で補足されている。「外務大臣は、現地公館長からの報告、他国航空機の運航状況、これらを踏まえて派遣先国の空港、飛行経路の安全について判断を行い」、「空港の滑走路の状況、飛行経路、航空保安施設等が十分に機能しているかどうかについて情報を得て安全性の判断を行う」(衆・安 5・11・18)。
つまり、万が一プダウエルなど首都の滑走路に大きな亀裂が入ったり、液状化現象(ありえないかもしれないが)で凹凸ができたり、管制系統がダウンしたら、当然、航空機の離発着ができなくなる。
また、「在外邦人等の輸送のための自衛隊の航空機及び船舶の使用等について」(平成11年5月28日閣議決定)では、この派遣そのものを閣議決定事項としている。外国で大地震が発生したからといって、すわ閣議、と迅速な対応がなされるか? 加えて、いう。
「在外邦人等の輸送の実施に当たっては......派遺先国の空港及び港湾並びに航空機の飛行経路及び船舶の航行経路において、在外邦人等の輸送のため使用される航空機又は船舶の安全が確保されない場合には、当該輸送を実施しないものとする」。ちょっと冷徹すぎる気がしないでもない。
ちなみに阪神大震災のときには、4,000人を超える人が、倒壊した家屋の下敷きになってほぼ即死状態で亡くなっていた。1960年ヴァルディヴィア地震並みの巨大地震がまた起きたとしても、地球の裏側の日本政府が即日の対応をとることなど不可能。
しかし、強い余震の続発する可能性が高い場合や、事後の生活環境復旧や社会生活維持が困難な場合など、在留邦人の生命と財産に危険が及ぶと判断されるようであれば、「邦人輸送」は実施されうると思われる。また、世界中のどこであれ、大災害が発生するとそのどさくさにまぎれて騒擾や窃盗などが起こるもの。先の新潟県中越地震でも、被災地の郵便局のATMが破壊されたり、「オレオレ詐欺」が発生している。チリでも、そうした可能性は排除できない。
しかし仮に閣議決定され、政府専用機ないし輸送機がチリまで派遣されるとしても、やはり地震発生のあと少なくとも3日はかかるのではないかと想像される。
事後は、国際緊急援助隊の派遣もありうる。近年では、98年のホンジュラス(ハリケーン災害)、99年のトルコ(地震災害)、01年のインド(地震災害)、03年末から04年にかけてイラン(地震災害)などへの派遣実績がある。これは「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」に基づくもので、警察・消防・自衛隊など省庁横断的に要員が派遣される。任務手配など必要な業務は、独立行政法人国際協力機構が行う。

   ......小休止。
ある日曜の雨上がりの午後、近所の八百屋で聞こえた会話。
店主のオヤジ: 「いやぁ、すごいカミナリだったねぇ」
お客のオヤジ: 「うん、でも家の女房のカミナリよりはいいけどね」
店主のオヤジ: 「ひっひっひっ、直撃だもんね」
人災というより天災なのか。


考えられる事態と対応措置

  (1) 政府など行政の対応:日チ比較
災害に際して、日本ならば一義的にまず消防と警察の出番となる。被害規模が巨大になって消防と警察の手に負えなくなれば、自衛隊の出動となる。しかし自衛隊は、「すわ有事、さあ出動!」というわけにはいかない。原則的に、その自由意思で行動できない(できたらそのほうが問題)。
出動させるのは、文民であり国務大臣である防衛庁長官。都道府県知事が長官に出動を要請して初めて、自衛隊は動くことができる。市町村長が長官に要請するのではない。市町村長は知事に要請を依頼する。逆に言えば、これら首長が緩慢な対応をしたら、いつまでも自衛隊は待機態勢のまま待ちぼうけ、ということになる。自治体の首長というのは政治家でもあるから、政治信条もある。知事や市長によっては、「自衛隊は好かない必要ない」といって要請しないケースが実際にあり、結果として被害が拡大してしまったことがある。自治体幹部のイデオロギーや主義・思想が結果として被災者に影響を与えてしまう。やはり市長なり知事を選ぶときは慎重に投票しなければいけない(現在、鳥取県の片山知事がもっとも危機管理能力を評価されている)。
災害派遣は、自衛隊法第83条に規定されている。もっとも、◎知事らの要請を待ついとまがないと認められるとき、◎情報収集を行う必要がある場合、◎都道府県知事などが要請を行うことができないと認められるときで直ちに救援の措置をとる必要がある場合、◎人命救助に関する救援活動の場合などは、長官またはその指定する者は要請を待つことなしに部隊等を派遣することができる。これが、要請によらない災害派遣=「自主派遣」(あくまで「本出動」ではない)。
自衛隊がなぜ求められるかというと、その組織としての「自己完結性」に由来する。自衛隊は、武力攻撃事態や侵略事態などに即応するため、あらかじめ独自に、建設・輸送・通信・医療・給食・給水・発電などを行う能力を有し、しかも全国に24万人を擁する巨大組織である。この能力を災害発生時に活用するということ。
日本の場合、内閣総理大臣を長とする内閣府の外局のひとつとして防衛庁があり、その管轄下に自衛隊がある。また内閣府の別の外局のひとつとして国家公安委員会があり、その所管に警察庁、そのまた管轄下に都道府県警察がある。同じ内閣府の外局とはいえそれぞれの組織はまったく別個に独立したもの。また防衛庁長官と警察庁長官は同じ「長官」でも地位が異なり、防衛庁長官は国務大臣。
しかし、よくいわれるように、縦割り行政の弊害がこうした有事の際にも露骨に現れるのであって、阪神淡路大震災のときには、警察・消防・自衛隊の相互連絡・連携が、まともに機能しなかった。救済の現場に船頭が何人もいて、混乱するばかり。内閣府の所管に中央防災会議があり、総務省に消防庁があり、国土交通省に気象庁があり、内閣府の外局として警察庁や防衛庁がある。そしてそれぞれがそれぞれの所掌事務をやっている。ホームページを見ると、それぞれがそれぞれの防災関連情報を掲示している。これも縦割りの弊害だろう。国民から見るとややこしいこと極まりない。事象によって使い分けなければいけない。
米国ならFEMA(Federal Emergency Management Agency、連邦緊急事態庁 (www.fema.org))が防災の施策を担当する。省庁横断的に有事に対応できるシステムとなっている。わが国でも日本版FEMA創設を、という議論がないでもない。
チリの場合には、平時から防災に係る施策をつかさどるのはご存知のとおり内務省緊急事態局(ONEMI, Oficina Nacional de Emergencia, Ministerio del Interior(www.onemi.cl))。Oficina Nacionalを「局」と訳すのは御幣があるが、便宜的に訳して次の図を作ってみた。

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 ここで重要なのは「Protección Civil」、民間防御だろう。「国民保護」といってもいいかもしれない。日本では2004年6月に国民保護法が成立し民間の防御体制づくりを始めた(もっとも防災ではなく武力攻撃事態等に対処する目的だ)が、チリはすでに防災体制として整っている(次図)。
ONEMIでは地震災害のほか津波・山林火災・暴風雨水害・火山災害などの天災、さらに環境汚染・大気汚染・火災・防犯までつかさどる。運用の中心的存在がCentro de Operaciones de Emergencia(COE)。ONEMIはその所掌としてほかにもCentro de Alerta Tempranaを運営し早期周知に務め、適時、警報を発令している(Sistema Nacional de Alertas)。要するに、地震だろうと山火事だろうと、チリで災害発生となればONEMIのホームページだけ見れば一覧即解なので、わかりやすい。また防災訓練指導、学校での安全確保計画なども実施しているようだ。

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しかしONEMIは行政組織であって、研究能力や実力装備を自ら保有しているわけではない。実働するのは他の機関。研究機関では地震がServicio sismológico Univerdad de Chile(http://ssn.dgf.uchile.cl/)、津波研究は海軍のSHOA(Servicio Hidrografico y Oceanografico de la Armada de Chile(www.shoa.cl))、火山等研究はSERNAGEOMIN(Servicio Nacional de Geología y Minería(www.sernageomin.cl))とOVDAS(Obsevatorio Volcanológico de los Andes del Sur)、暴風雨や頻発する水害関係についてはDireccion Meteorologica de Chile(www.meteochile.cl)などとなっている。
実際の有事に出動するのは、警察や消防(Bomberos de Chile)といった機関になる。警察機関にはふたつあって、Carabineros とPolicia Investigaciones とがある。構成の上で特徴的なのは、この2機関はいずれも、陸海空軍と同じく、国防省(Ministerio de Defensa Nacional)の管轄下にあって、その呼称がFuerzas(下図参照)。本部も同じビル(Diego Portales)にある。つまり警察機関も3軍(陸軍(Ejército)、海軍(Armada)、空軍(Fach))も、所掌・指揮監督は国防大臣に授権されている。
防犯を直接に担当するのは、CarabinerosとCONACE(麻薬対策)になる。Investigacionesは、日本でいう法務省外局の「公安調査庁」に近いといえるのではないかと思う。
この組織割りは、初動や連携などの点で、有事の統合運用には適していると思われる。消防(Bomberos)と上記Carabineros、これに陸空軍が、大震災時の対応にあたることになるのだろう。日本国憲法第66条第2項「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」といった条項は、チリ共和国憲法に存在しない。文民統制(Civilian Control)の欠如が現行チリ憲法の問題だとの指摘もあろうが、こと有事に際しては、国防大臣または大統領の「ツルのひと声」で、機動的かつ能動的に軍を指揮監督し運用できるというメリットがあるだろう。

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またチリの州・県・区などの行政組織は、日本の地方自治体とはまったく異なり、政府を頂点にしたヒエラルキーのなかで、上意下達というか、トップダウンの指揮監督を受ける下位にあって裁量が狭いようだ。いくつかホームページを見たが、Vitacura、Las Condes、Providenciaのいずれも「Seguridad」の項目はあるものの、泥棒や窃盗など生活上の治安保持についての助言といった程度でしかない。いざという段になっても、区役所の能力の限界点は低いと見る。
参考までに。阪神淡路大震災当時、陸上自衛隊中部方面総監の職にあった松島悠佐氏は、東は富山・岐阜・愛知県から近畿・中国・四国を含めて関門海峡まで2府19県の防衛・警備を担任する中部方面隊の司令官であり、その隷下に3個師団、1個混成団、その他方面直轄部隊など約28,000の隊員が所属していた。阪神淡路大震災の時はこれら部隊を指揮して災害救援活動を行う立場だった。
自衛隊にとって史上最大規模の災害派遣となり、100日間にわたって方面総監の指揮の下に方面隊のほぼ全力が展開、延べ人員200万人、車両35,000両、ヘリ10,000機の出動規模となった。
松島氏は、いう。

  阪神淡路大震災の教訓の捉え方としては色々な視点があるが、私は、災害派遣を担当した自衛隊の指揮官として、改善すべき問題点は、次の三点だと思っている。
一つは、情報活動の問題であり、とにかく初動から断片的な情報しかなく、なかなか総合した状況が分からずに苦労したことである。
二つ目は、救援活動の指令塔の問題である。状況が錯綜する緊急事態の中で、状況を適切に判断し、今何をどのように行うべきか、各実行機関に明確な指示を与え、各機関の総合力を発揮させて救援活動を指揮する能力を、国も自治体も持っていなかった点である。
三つ目は、各機関の総合連携の問題である。救援活動に従事した各機関は、ボランティアも含めてそれぞれの機能と能力を発揮して真摯に活動したのだが、相互に協同連携して総合力を発揮するという点では問題が多かった。特に災害発生の初動において、各組織がバラバラな活動しかできなかったのは、平素からの各機関の連携ができていなかったところに問題があり、災害救援の種々の分野で改善を図る必要のある問題である。
この三つの問題点に対して、我々自衛隊は災害の直後から順序を経て問題解決のための意見具申をしてきたが、この10年間に実現したこともあり、未だにそのままになっていることもある。

警察には被害の探知・連絡・通報の体制が整っており、消防には火災の発生・緊急救助の体制が整っている。だが阪神淡路大震災では、警察も消防もともに被災者となり、混乱した状況が続き、被害情報収集体制が整わなかった。特に早朝の震災だったため、警察も消防も当直員の体制で対応せざるを得ず、さらに、交通機関の途絶、道路の破壊のために、警察官も消防吏員も登庁に時間を要し、当初の情報収集が遅れて、なかなか全体情報がつかめなかったという。
これも参考までに......阪神淡路大震災における負傷者の数はおよそ40,000人といわれているが、負傷者の発生は当然ながら2005年1月17日の震災初日の被災中心地区に集中し、激震地近傍の医療機関に患者が殺到した。反面、少し離れた医療機関では受け入れ態勢を整えてはいたが、患者はあまり搬送されていなかった。約1,000人の死者を出した西宮市では、市の中央にある市立病院に当日約400人の負傷者が受診に殺到した。病院では所属医師約50人の6割が順次出勤して救急治療に当たったが、終日混乱を極め、心肺が停止した状態で運び込まれたけが人も約40人、即入院を要する患者も約100人に及んだという。
人口約500万人の大都市サンティアゴにおいて、どのくらい緊急医療のキャパシティがあるのか、私にはまったく不明だが、阪神地域と似た状況になるのはまちがいないだろうと思う。Clinica Alemana など総合病院は、てんてこまいで受け入れに限界をきたすだろう。

  ......小休止その2。
新潟県中越地震による被災者の方々をテレビで見ていると、実に辛抱強いことに驚く。現場でも、要望や注文が少ないのだという。かの地方は豪雪地帯であり農山村だから、人々は自然に対して畏怖を抱いていると思われる。また自然との共存力・耐久力があり、そしてお天道様への達観があるように思われた。悲観せず、壊れたものはしかたない、新しい家を建てるしかない......と、いたって前向きな人が目立った。
首都圏で直下型大地震が起きたら、きっと、こうはいかない。


(2) サンティアゴ最大の問題:交通のマヒ
阪神淡路大震災のとき、直後から大渋滞が始まったという。警察の交通規制も行われていない中を、危険地域を脱出しようとする被災者、安否確認のため行き交う市民などのマイカーが渋滞を作った。道路・橋梁の破壊、詰め掛ける救援の車、警察官の不足などなど、交通規制が間に合う状態ではなかった。それが救援活動の大きな障害になった。「さらに問題だったのは、その状態が4~5ヶ月も続いて一向に改善されなかったことだ」と松島氏はいう。
"地震の時には車は使用せず、もし車に乗っていたらキーをつけたまま車を道路の端に寄せて止めるのが原則"とはいっても、救急車が来るわけでもなく、被災者には自分で逃げ出さなければならない現実があったらしい。日本にしろチリにしろ、現在の車社会で、車を使わず避難しろというのは現実的でないかもしれない。チリでは「あの音」が街中に鳴り響くことになってしまう。
神戸地方は、六甲山地と瀬戸内海にはさまれた狭隘な地域に東西道しか幹線道路がないという都市構造。その東西道も国道2号線、43号線、阪神高速神戸線の3本が主体で、平素の交通量の75パーセントは国道43号線と阪神高速神戸線に依存していたという。倒壊した阪神高速神戸線は43号線の上を走っていたため、同時に両方とも不通になってしまった。
昨年の中越地震でも、地方とはいえ渋滞は起きた。
こういう事態は、サンティアゴでも充分予想される。地形は狭隘ではないが、しかし幹線道路は限られている。Gran Avenida、Vicuña Mackenna、Americo Vespucio、Costanera、Alameda、Apoquindo など、いずれも渋滞必至だろうと思う。昨今のチリの自動車の普及は凄まじいようだし、あいかわらずバスの数は半端でないようだ。あの無数の爆走ミクロが、幹線道路で横転あるいは事故を起こし道を塞いだら、往来は麻痺する。路上に乗り捨てた車などが障害となる。すると困るのは、緊急車両の通行さえも阻害されることだ。サンティアゴ市内に正確に何台の救急車や消防車が配置されているのかわからないが、その出動を、無数の自家用車・タクシー・バスが遮蔽する惧れは高い。マンションが火災を起こしても消防車が、負傷者が出ても救急車が来られない、といった事態も想像しうる。また、最近サンティアゴの映像を見ると、以前に比べて緑(街路樹)が豊富になった印象を受けたが、これが倒れて道路を塞ぐことも予想されるのではないか。
都市交通というのは、どんな街であれ、「要所」があると思う。関東地方で交通情報を聴けば、「猿橋バス停付近」とか「用賀料金所」が常に渋滞名所だが、サンティアゴにおいても、そうした要所がいくつかあると思う。そこで、次にぞんざいな地図を描いた。

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仮に、重要幹線A.Vespucioの大きく転回する箇所(図中Aのあたり)で通行が遮断されたら、空港や北方に行くのは厄介になる。またジェトロのオフィス近辺(図中B)は、米国が大使館を建てるくらいだから土地としては安全なのだろうが、Las CondesやVitacuraに住む人にとっては、Av.VitacuraやKennedy、Andres Belloの基点となる交通の要点であるし、ここを利用し通過しない日本人の方はいないと思う。ここが閉塞したら、やはり厄介だろうと思う。
セントロはいわずもがな、Plaza Italia近辺(図中C)が大渋滞を起こすことは疑いない。ここの東西を行き来するのはまた厄介だろうと思われる。日本大使館と学校間も不安のある距離だし、Ricardo Lyon は、周辺道路混雑の不安がありはしまいかと懸念する。
他に避難する場所がある人はサンティアゴ脱出を試みるかもしれないが、南北を縦断する5号線のほかは、北に57号線、西には68号線と78号線といった幹線道路しかないわけだから、いずれも渋滞必至だろう。これらの道路さえ、橋梁・橋脚の損壊や土砂崩落などで交通・重要物資の輸送が遮断されるおそれがあると思われる(東京都では環状7号線の内側など都市中心部の広域な地域を対象にして、緊急車両以外の車の運行は禁止する交通規制計画が立てられてはいるそうだが、果たして実行が可能かというと、私は、無理があるのではないかと思う)。
メトロは当然止まるだろう。地下部分はおろか地上高架部分も倒壊しないとは限るまい。
チリの交通インフラは圧倒的に道路交通に依存する。陸路がそういう状況となれば、頼りになるのはヘリコプターしかない。新潟県中越地震のときは、無能となる4輪に替わりオートバイが医薬品輸送などに活躍したケースもあったようだが、チリは世界でもっともバイクが普及していない国のひとつであるし、実際カラビネーロくらいしか乗らないだろう。
しかしヘリとてどこにでも離着陸できるわけではない。阪神淡路のケースでは、被災地中心部で臨時のヘリポートとできたのは、王子公園グラウンド1か所だけだったという。消防・警察・自衛隊・報道の、それぞれのヘリが錯綜して危険も増し、それはそれはたいへんらしい。東京で大地震が発生した場合でも、そうそう場所はないと思われる。代々木や駒沢のグラウンドは避難者で膨れ上がるだろうし、航空管制の難しさもあるらしい(皇居二重橋の前に広い場所があるが、あそこには自衛隊のヘリが降りて皇居の守護にあたるのだろう)。阪神淡路大震災当時、医療面でもヘリを利用した患者空輸については関係者の間では認識がうすく、活発でなかったという。いわんやチリにおいてをや......。東京や神戸ほど過密ではないにしても、サンティアゴにも同じような困難が生じると思う(メトロポリターナに何機のヘリがあるのか私は存じ上げない)。
また、自家用車や公共交通が使えなくなったら、帰宅は徒歩を強いられる。去る2004年12月15日、政府の中央防災会議が、首都(東京)直下型地震が発生した場合の被害想定をまとめた。1都3県の木造家屋密集市街地を中心に最大で約1万3,000人が死亡、建物被害は約85万棟になるおそれがあり、自宅に帰れない帰宅困難者は、日中では650万人に上る見込みだという。これはたいへんだ(私もたいへんだ)。この点、サンティアゴで長時間の通勤地獄に耐えているという方は皆無に等しいだろう。それでも、勤務先と自宅の間の迂回路や徒歩経路は、いくつか用意しておいたほうがいいのかもしれない。
地形・地勢について。1985年9月19日に発生したミチョアカン地震(M8.1)では、震源地のメキシコ太平洋沿岸から400km離れたメキシコシティで、湖を埋め立てた地盤の弱い地区(軟弱基盤)にあった高層ビルや老朽化したビルが倒壊し、5,900人の死者を数えた。建築物の耐震性の低さと、軟弱な地盤で比較的長い周期の地震波が増幅された結果、被害が大きくなったという。
サンティアゴの地盤について私は知識をもたない。おそらく、ありていに考えたなら、高地より低地のほうが地盤は軟弱であろうと思う。サンティアゴ在住日本人の方々は、ほとんどLas Condesか Vitacura にいらっしゃると想像されるが、Maipu あたりは低くて危険度は高いと思われる。水浸しになる地域がどこなのか、大雨のたびにあらかじめわかると思う。
安全な場所はどこか。たとえば Escuela Militar。軍事施設は、その存在に理由がないことはないはずである。土地を充分に選んでそこに存在するはず。Metro の終点となっていることも理由のないことではないだろう。おそらく、地盤は盤石のはずである。東京なら、都心に六つの「台」がある。そのうちのひとつ、「市ヶ谷台」に防衛庁はデンとある(ほかの「台」も国の所有地である)。理由は自明。こういった生活圏内の安全な場所を、あらかじめ知っておくほういいのだろうと思う。
チリでは建築においての耐震基準がシビアだと聞く。過去にあれだけ地震に襲われているのだから道理といえば道理だが、同様に地震国である日本でさえ高速道路の高架が倒れたりビルが倒壊したわけだから、チリの住宅とて絶対安心ということはないだろう。
またチリには大雑把な道路地図のほかは、詳細・精密な地図がほとんどない(今もそうですか?)。日本の国土地理院に相当するのが、IGM(Instituto Geográfico Militar、www.igm.cl)のようだ。これは陸軍の附属機関である......端的にいえば、国土・地形・地勢などの情報は国家保全・防衛のための重要情報と認識しているということだと思う。日本ではダムや発電所、送電線、軍事施設など重要インフラ情報をはじめ地形・地勢・地理情報をあっけらかんと何でも公開しているけれど、むしろこういう国のほうが少ないだろう。チリでは陸軍が膨大な地理情報を持っていると想像される。

  ......小休止その3。
新潟県中越地震で、多くの被災者の方々が自動車で寝泊りされていた。それを見て我が家でも、毛布や飲料水、非常食を車のトランクに積んだ。
しかし、駐車場の出口が崩壊したら、逃げ場はないのであった。


(3)火災
阪神のケースでは、火災発生件数は地域の消防能力をはるかに超えていたという。水道が破損し消火栓から水が出ないという最悪の状態で延焼が止まらなかった。神戸市にとっての100年分の火災が集中したに等しかったそうだ。周辺自治体からの応援体制も不十分で、初期消火に機能できずに、悪戦苦闘の消火活動が続いたという。
日本では、隣町の消防車はホースの規格が異なり互換性なく水が出せない、ということがままある。冗談みたいだが本当のようだ。おそらく、チリのBomberosではそんなことはないだろう(と根拠なく想像する)。
神戸の場合、地震直後から119番は鳴りっぱなし、あちこちで起きる火災に「各署ごとに対処する」のが基本だったが、署によっては10件以上の火災が発生し、対応不可能となった。各署とも当直署員は20~40人、ポンプ車は3、4台、通常では1、2か所の火災に対応する能力。しかし実際には1台のポンプ車で数件の火災を担当しなければならず、火災現場に到着して準備を整え、消火栓をひねったら水が出ない。現場の消防員は「一瞬頭が真っ白になった」らしい。消火栓から水が出ないことなど、防災計画ではまったく想定していなかったという。人口約150万人の神戸市には消防ポンプ車50台、人員1,300人しかいなかった。
サンティアゴでは木造建築の密集地はもはや少ないことと思う。建蔽率や容積率も、日本のそれよりゆとりがあるだろう。が、可燃性の強い物質を扱う工場地域があるし、朝夕の火を使う時間帯が危険であることにも違いはない(私の住んでいたDepartamentoに消火器を見た記憶がない。気づかなかっただけかもしれない)。人口も、密集の度合いはともかく、阪神地方とさほど変わらないだろう。頼みはBomberosだが、その装備や人員がよくわからない。
もし住宅を失ったらどうなるか? 日本では、災害救助法に基づいて国が都道府県に委託し仮設住宅が建設される。費用の9割を国が負担する。避難生活が長期に及ぶが、チリでは現実的にまた法的にどうなるのか。これは私にはまったくわからない。大地震の場合は、あとあと復興まで何ヶ月も(ひょっとすると何年も)かかるという、ネガティヴな想像力が要る。

  (4) 通信がダウンすると
阪神淡路大震災の時には、地震による通信施設の被害や地震直後の電話回線の輻輳によって、通信システムがダウンして通信不能となり、被害情報の伝達ができない状況となった。この反省から、警察庁・防衛庁・消防庁・国土交通省・海上保安庁のヘリから送られる被災地の映像情報を集約し、震度情報・地形・人口等のデータから被害規模を推計できる「地震被害早期評価システム(EES)」が開発され、「応急対応支援システム(EMS)」を組み込み「地震防災情報システム(DIS)」として整備を進め、平成8年から運用を開始している。平成10年には、首都圏直下型地震に備え、官邸・内閣府・関係省庁、首都圏の指定公共機関を結ぶ「首都圏衛星通信回線」も整備された。
人命救助・救急救護や緊急物資の調達・輸送、避難所の開設・被災者の保護、ライフラインの応急復旧などは、なによりまず通信が確保されなければ作業の進捗は難しい。また被災者にとって喫緊となるのは、家族や勤務先などとの連絡であろうと思う。
先の新潟県中越地震では、発生直後から固定も携帯も含めて電話通信が一挙に集中し、通信事業者の回線許容量を超えて不通となった地域もあった。これはチリ・サンティアゴでも予想されうると思う。むしろ不通になると想定しておくべきで、その場合に家族や勤務先との連絡手段をどうするかが問題だろう。有線無線を問わずインフラが普及に追いついているか、頑強にできているか、キャパシティは十全なのか? インターネットもしかり、通信事業者の回線なりその設備・装備が損壊すれば、契約者もアウトである。そもそも停電したら(するだろう)、パソコンなど無益のハコでしかない。非常用発電装置が無事に作動するか。これらインフラの復旧がすぐになされればいいが、先に述べた通り復旧のための資機材輸送が交通遮断で異常箇所に届かないというケースさえ考えられるのではないか。日本と連絡が取れなくなる惧れもあるだろう。

閑話休題。
日本の某ネット通販でチリ産チリモジャが。して、そのお値段は......10個入りで8,500円也。
8,500円? あぁ、文字化けだ、8,500ペソの間違いだろう......とエンコードを変えたら事態はますます悪化した。
ここまでくるともぅなんだか木箱にましますやんごとなきチリモジャ様、しもじもの一般ピープル安月給サラリーマンにいったいどうしろと?
願わくば産官学研究会は可及的速やかにチリとのFTA進捗にGOサインを出していただき、農産物関税撤廃を!


備えあっても憂いある

阪神淡路大震災の震源地・淡路島では、隣組の組織がしっかりしていて、ふだんからの付き合いも強く、人命救助や行方不明者の捜索にも力を発揮したという。誰がいないのか、どこを探せばわかるのかを皆が良く知っていたために、震災初日の早い時期に遺体を収容し、行方不明者はゼロになっていた。大都市である神戸や西宮との大きな相違だ。このような密な連携の基礎づくりは、サンティアゴの日本人社会でも可能だろうと思う。
また、日本では何かと「自由」「権利」という言葉が濫発されているきらいがあるように私には思われてならない(例:「退避勧告が出ている危険地域でも渡航する「自由」がある」とか)が、非常事態下のチリではそうはいかないだろうと想像する。大地震が起きたなら、私権制限を受けることは間違いない。これこそが、チリで被災した場合の肝ではないか? パニックに陥ったときの心理面で、きわめてデリケートかつ重要な部分だと私は思う。
チリ憲法第39条。

El ejercicio de los derechos y garantías que la Constitución asegura a todas las personas sólo puede ser afectado en las siguientes situaciones de excepción: guerra externa o interna, conmoción interior, emergencia y calamidad pública.

有事の際には私権が制限される。「私権制限」というのは日本ではあまり馴染みのない概念だけれど、昨年の国民保護法成立過程でも喧々諤々していた。外国人だからといってもちろん適用除外されるわけはなく、一定の制限や強制に従わなければならなくなると思う。これはチリに限らず他の多くの国々でも(米国やドイツのボン基本法などでも)同じような規定がある。
「自由」や「権利」を制限することの「是か非か」、「好むか好まぬか」といったような点はチリ国民が判断することであって、外国人である私がどうこういう資格はない。

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いまひとたび会報の原稿を書くように......と連絡を受けてばたばたと調べたが、時間が尽きた。いかんせん日本でチリのことを調べようとしたらインターネットのみに頼るほかない。木を見て森を見ないうらみがある。
日本では防災基本計画に従って各自治体単位で対処マニュアルを作成し、あらゆる状況を想定し図上訓練や避難訓練などが行われている。チリにおいても、政府や自治体など行政機関の防災に係る取り組みや、Cruz Roja、Bomberosなどの対処措置マニュアルがたくさんあると思われるが、探す暇はなかった。ほかに政府レベルの指揮命令、所掌や権限、緊急車両や装備の実数などについても正確に知りたかったが、調べる余裕がなかった。よって実に半端なものになってしまった。
また本日(2004年12月26日)インドネシアで発生した大地震による津波では、少なくとも6カ国で3000人以上の死者が出たとの報道もある(この稿では津波は割愛した。チリではチリ大学に津波の研究機関があったと思う)。これも他人事でない。
締め。明日はサンティアゴか、東京かもしれないけれど、ドカンと来たら公的機関が助けてくれるかというとそれは限界があり、初動は自己の責任においてとることになる。よくいわれるのは、自分の身を守るため自宅や職場の倒壊防止、家具やロッカー等の転倒・落下防止の措置をとることという。加えて、非常食・水sin gas・ロウソク・毛布・枕Largaなどを準備し、脱出経路を確保し、確認しておくことも必要だろう。日本だろうとチリだろうと、「有事」に対しあらかじめ「平時」から備えておくのが至極当然。
チリの人々は、テレトンなどを例にとるまでもなく、互助の意識が極めて高いと思われ(教会の存在も大きいだろう)、もしも有事が発生すれば、おそらく国民総てが相互の協力と支援を惜しまないのではないかと想像される。けれども、有事の際に、一方的な受益者としての立場を享受できるかというと、それは誤りだろうと思う。
また、危機管理(Crisis management)と危険管理(Risk management)は似て異なる。危機とは非常事態の勃発をいい、危険とは非常事態が起こる可能性をいう。管理とは、「情報収集」、「情報分析」、「その結果に対する処理」の三つの作業をいう。よって、危機管理とは、非常事態が起こった時に、いかに適切な対処をするかをいい、危険管理とは非常事態にならないように予防措置をとることをいう。
これらをサンティアゴ大地震にあてはめると、危機管理とは「大地震が発生した場合、被災者を適切にサポートし、被害が拡大しないように対処すること」をいい、危険管理とは「大地震で被災しないよう、また、もし被災しても被害を最小限に極限できるような態勢をとっておくこと」となる(家庭内落雷への予測と対処に長けたお父さんは、その実行プロセスを応用すべきだ)。
生命力の強くない私たち現代人が、個人レベルで大地震に際し「自己完結」できるかというと、それは不可能。チリでも日本でも等しく、まずは自己責任において、自身と家族の命を守る智恵を、あらかじめ絞っておかないといけないのだろうと思う。つきなみだけれど、あらゆるシチュエーションを想定して、対策を練っておく必要があるのではないだろうかと思う。ほかに結論が見当たらない。

※以上の駄文は、公法や防災の専門家ではない素人である筆者の私見と推測であって、事実と相違する可能性を排除できません。
※参考:内閣府防災情報消防庁ONEMIBomberos de ChileLa Tercera/IcaritoComité Paritario de Higiene y Seguridad等各サイト。