河道閉塞の続き。
平安時代の仁和3年7月30日(887年8月22日)に五畿七道の地震(南海―東海地震)が起きた。これにより北八ヶ岳で大規模な山体崩壊が発生し、千曲川が閉塞され日本最大規模の堰き止め湖があったのではないか、という研究がある。
河川の浸食や偏流、開発などによって、当然ながら当時と現在で地形は異なるが、おおよその概念化としてマップに描画してみた。
陰影起伏図:
参謀本部大正元年測図昭和4年修正5万図「蓼科山」Stanford Digital Repository から
かつて信州松本に住んでいたころ、海の無い長野になぜ「小海町」があるのか、不思議ではあった。ようするに、昔むかし大海と小海があった、ということか。
真偽も含め、研究によって何時か解明されるだろうか?