横浜水道のルート

Home » Articles » 横浜水道のルート(公開日:2020-02-10 更新日:2020-02-10)

Google マップ は15周年とのこと。
私の当ドメインも Registered On: 2005-06-16 なので、こちらも15周年となる。
グーグルマップ API Ver.1 を用いて東京の地下鉄路線図を作ったのが2006年4月3日のこと。これは当時としては反響があった(はてブ)。

東京の地下鉄路線図 Ver.2006

外国ではニューヨークやロンドンの路線図がマッシュアップされていたが、日本は当時まだ誰も作っていなかったし、Maps API を操るデベロッパーもさほど多くなかった(グーグルに Pamela Fox 女史が在籍していた時代が、もっともダイナミックで楽しかったと思う)。
その後、大手企業群が地下鉄路線図だけでなくルート案内や乗り換え検索などを合わせた凄いサービスを次々に作り出した(グーグル本家も路線図レイヤーを加えるなど機能を充実させていった)。とても個人で太刀打ちできるわけがない。
Maps API はバージョンが2から3へと進化し Maps Platform と名を変え、私も種々雑多のコードを書いてきた(API for Flash なんてのもあってコンパイルもたくさんやった)。
だが、2018年6月の料金体系改訂によって、その利用を(ほぼ)諦めざるを得なくなってしまった。
・・・顧みると、時代も技術もずいぶん変わったなぁと思うと同時に、停滞も感じる。

さて本題。水道道(すいどうみち)の名に恥じぬ噴射っぷり

横浜市旭区都岡の水道管破裂

1月9日にも磯子区磯子6丁目の交差点付近で地下の水道管が破裂し、道路に水が噴き出した。
日本でもっとも歴史が古い横浜水道は、暗渠の先達とも言えようか。

開港後、戸数わずか100戸ほどの一寒村であった横浜の人口は日に日に増加し、市街は急激に発展しました。当時の住民は水を求めて井戸を掘りましたが、横浜は海を埋め立てて拡張してきたため良質な水に恵まれず、ほとんどの井戸水は塩分を含み、飲み水には適しませんでした。このため、神奈川県知事は英国人技師ヘンリー・スペンサー・パーマー氏を顧問に迎え、明治18(1885)年に相模川と道志川の合流地点の三井(現在の相模原市緑区三井)を水源に水道の建設に着手し、明治20(1887)年10月に日本初の近代水道として給水を開始しました。

水道事業が横浜市に移管された明治23(1890)年、横浜市の人口は120,000人(給水人口90,000人)に達し、当初の計画(給水人口70,000人)をはるかに上回り、人口が増加しました。これに対応するため、明治30(1897)年に取水地点を道志川へ移し、明治31(1898)年から明治34(1901)年まで第1回拡張工事を行って川井浄水場を築造しました。その後も市域の拡大に伴い人口が増加し、日露戦争を契機に工業用水の需要が急増したため、続く第2回拡張工事では西谷浄水場が大正4(1915)年に完成しました(横浜水道のあゆみ

出水箇所は横浜水道の本流。

横浜水道は道志川から野毛山配水池まで。西谷浄水場は、後付け。
上記のほか、横浜市内には通称としての「すいどうみち」が各所にある。歴史的な痕跡も随所で見ることができるが、網の目のように張り巡らされて(そしておそらく老朽化が進んで)いるであろう水道管が、明日はどこで破裂することやら。私もよく「水道道」を通るので、噴水はシャレになんない。

横浜市の水源は道志川系統のほか、以下がある

  • 相模湖系統(相模湖)
  • 馬入川系統(主に津久井湖)
  • 企業団酒匂川系統(主に丹沢湖)
  • 企業団相模川系統(主に宮ヶ瀬湖)

横浜はカジノ誘致よりもライフラインの安定を担保するほうが先じゃないの? という気もする。少子高齢化だけでなくインフラ老朽の課題は全国どこも同じだろうけれど、特に上水道の民営化は危険な気がする。
政治も行政も目先のことだけ配意するのでは困る。子供たちの将来が辛苦に満ちるような事態は避けるべきだし、10年後、20年後を慮る大局観が求められるのでないのかな?