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木曽御嶽山のDEMと地形など

公開日: 2026年8月16日

航空レーザー測量成果、国土地理院の 1 m メッシュ (標高、DEM1A) が2026年7月31日に更新された。メッシュコード 533763 から、下端が 57 で上端は 79、作成は2026年5月22日となっている。御嶽山の頂上付近

長野県西部地震 (M 6.8 直下型) が発生したのは1984年9月14日。噴火したのは2014年9月27日。
地理院地形図には未だ反映されていないが、山頂北側の二ノ池は降灰により消失したようだ。池塘の存否をDEMから読むのはまず無理だ。
地震による伝上崩れ (御嶽崩れ) は、谷を埋没させていた層が崩落したということらしい (地形の先祖返りとでもいうのか)

御嶽山南麓の王滝村は、年間平均降水量が約 2,500 mm で長野県では有数の多雨地帯。
ここは信仰の伝統が強い。おもに東海・関西の信者による参拝の歴史が古く、これが重要な産業でもあった。

六根清浄、御山は快晴

私が御嶽に登ったのはもう40年も前、1986年の夏だが、先達と呼ばれるリーダーが率いる御嶽教の信者さんの列がひたすら続いていた。王滝頂上から剣ヶ峰へ続く八丁ダルミが爽快だったし、二ノ池は雪渓とともに豊富に水を湛えていたのを憶えている。

現在では、高齢化と2014年の噴火により信仰の登山者は激減しているであろうことは想像に難くない (観光客も)。また日本最高所の池は二ノ池 (標高 2,905 m) に替わって立山の北にある別山硯ヶ池 (2,870 m) とのこと。

木曽は、北信や中信に比べ観光資源に乏しい。隣の伊那谷に比べ平地に乏しく狭隘で、産業も乏しい。
過疎が進み、林業は衰退、漆器は先細り、胃腸薬「百草丸」と清酒「七笑」の看板ばかり目に入ったものだった。

その火山としてのリスクは確かに高いだろう。東京から上から目線で規制を語るのは易い。しかし地元には民俗的・文化的な背景や歴史があり、それゆえの苦渋がある。容姿・性格・資質・個性・環境が様々に異なる全国の火山を、科学的観点のみに因って一律の管制をしようとしたら、それは横暴だろうと思う。

御嶽の Point of Interest については名古屋大学の 御嶽山火山研究施設 に詳しい。

余談

国道361号の新地蔵トンネルが開通する前、木曽福島から旧地蔵峠を越えて旧開田村に降りていくと、過激なくらいに美味しい質素な蕎麦屋さんがあった。だが位置も店名も、暖簾があったかさえも思い出せない。
40年前は一眼レフのカメラ Olympus OM10 を持っていたはずなのだが、御嶽の写真がない。海外も含め幾度かの転居で離散紛失したのだろうと思う。景勝地を訪れる夢をたまに見るのだが、そのたびになぜか「カメラ持ってきてない」というオチになって目が覚める。

サルスベリ (百日紅)

今はフィルムじゃないから写真はたくさん残しておくほうが良いと思う (問題はデータの保管場所だけれども)。
夏から秋まで長く開花するというサルスベリ (百日紅) は、紅いだけでなく白いのもあるとは知らなんだ。