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北上川の流域をトレースしてマップに描く

公開日: 2022年7月2日

幹川流路延長 249 km、流域面積 10,150 km2、東北地方最大の河川で河床勾配はかなり緩い。
大正5年測図昭和4年鉄道補入陸地測量部5万図「荒屋」Stanford Digital Repository から北上川源流の地域

5万図「荒屋」

十三本木峠は国道4号の最高地点(標高 458 m)とのことだが分水界じゃない。地形を追うと奥中山高原駅の少し南が分水界にあたるが疏水が越境していて、これは上記の古い地図にすでに記載されている。旧東北本線随一の急勾配の難所がこの奥中山で、蒸気機関車の三重連で有名だったところ。
七時雨山山頂から4時の方角に「七時雨湯」という鉱泉記号があるが、これは現在県道227号沿いにある「七時雨憩の湯」の源泉らしい。

岩手町の付近など北上高地には土圍(土囲)が多い。開拓営農の上で水を死守しようという経緯があったのかもしれない。
奥中山の陸軍省用地に記載されていた土堤は軍事的な訓練用だろうか? 今は記載されていない。

分水界のマップ

個人的にはイーハトーブの土地というより『遠野物語』の魑魅魍魎のイメージが強い。
北上川の左岸(東側)を占める北上高地は静的で穏やかな老年、対して右岸(西側)は火山や地すべり地形が多くダイナミックな印象。地質図でも対照的で、左岸には温泉がほとんどない。河川法の上での源流は POI とのことで標高は 380 m ほどしかない。

降水量は多くなく国内の他の大河川に比べ相対的に洪水のイメージは大きくないように思うが、1947年カスリン台風、1948年アイオン台風、1986年台風10号、2015年9月関東・東北豪雨、2019年台風19号などで被害が大きかったようだ。早池峰山北面のアイオン沢はアイオン台風による崩壊に由来するようだ。
国交省によると ※1

洪水の発生場所は、北上川中流部(狭窄部上流)が最も多く、ついで胆沢扇状地、江刺地方など北上川本流・胆沢川・人首川流域、そして宮城県内の下流部と続きます

河床勾配が緩慢ゆえ、いったん増水したらなかなか減水しないのだろう。一関の狭窄部上流にある遊水地が広大。ここは合流する右支の磐井川が強力な洪水流を起こしやすく危険なようだ。
田瀬・湯田・四十四田・御所・石淵(胆沢)の五大ダムは流域治水を主目的にした土木学会選奨土木遺産。胆沢ダム左岸の地すべり地形はスケールが大きい(荒砥沢の比じゃない)。

大正2年測図陸地測量部5万図「登米」の一部、河道が変えられる前。昭和の初め新しい川を掘削するため308戸1848人が役場や小学校、寺社などとともに柳津の町まるごと移転したとのこと

5万図「登米」

北上大堰の位置にはもともとアースダムがあったのが分かる。

『土木建築工事画報』第7巻第8号(1931(昭和6)年8月)に「北上川改修工事計画概要」(坂本丹治)がある。※2

『土木建築工事画報』第7巻第8号から

この流域、東北新幹線の車窓からの風景は、どちらかといえば退屈。ローカル線が魅力的らしいが残念ながら乗ったことがない。
これまでの分水界は「日本の主要な分水界のマップ」にまとめてある。「アメダス降水量と気温の一覧マップ」も参照を。

※1 国土交通省一関防災センター「北上川の歴史
※2 http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/07_08.html

余談

30代40代で「おじさん」を自称する方は少なくないが、じゃあ50代の「シンおじさん」としてはどう自称すれば良いのか悩ましい。
高齢者とか老人という括りも、実際には65歳・75歳・85歳・95歳それぞれにキャラが違う。10年ひとむかし、などという言葉もかつてあったけれども、実際は5歳も離れると傾向や気質に結構なギャップがある。20歳と25歳だって同じじゃないだろう。
長寿高齢化で呼称が足りてない。「若者は」とか「老人は」などと雑に括ってしまわないよう注意しないといけない。そういう括りの言論にも用心しないといけない。

thermometer

南向きの部屋でエアコンを入れないと室温はこうなってしまう。今はまだ太陽の南中高度が上に高くヒサシがあるから窓に直射日光が当たらないだけマシだが、8月~9月は容赦なくギラギラ射し込んでくる。もはや「南向き=良」ではない気がする。
晴天にしろ雨天にしろ、いずれも度が過ぎるとヒトは負ける。天に向かって唾を吐いても勝てるわけがない。
「寒さと空腹は人生の敵」を標榜する私にとって暑さはまだマシ。なお投票日まで停電は起きないだろうと高を括っている。