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深層崩壊トバタ崩れ

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長野県松本市、奈川渡ダム周辺。古い五万分の一地形図、旧内務省「乗鞍嶽」(大正元年測圖昭和五年部分修正同六年要部修正測圖)の一部を重ねる。

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Stanford University Libraries より。

現在は半ばダム湖に沈んでいるため認識しにくいが、トバタ(「鳥羽田」または「砥畑」)崩れという深層崩壊の記録がある。1757年という古いもの。
この崩壊で梓川は閉塞し堰き止められ、天然ダムができた。これは現在のダム湖よりも水位がやや高かったようだ。
これが決壊し、下流の島々集落など土石流により大被害を受けた。

つまり、東京電力が奈川渡・水殿・稲核の3ダムを1969年に完成させるはるか昔から、この谷に集落はなかった(あるいは壊滅した)。また、ダム完成前の国道158号は、主に右岸を通っていたことがわかる(沢渡より上流はほとんど左岸だった)。

いま松本から上高地へ入るのは難儀しないが、昔は難所に続く難所だったのだろう。
梓川流域の主な災害としては、

  • 1584、1746、1909、1915、1962年に焼岳噴火。1915年(大正4年)6月4日の噴火で大正池が出来た
  • 1896(明治29年)奈川村・角ヶ平の向山崩れ、6戸埋没、死者12名
  • 1945(昭和20年)秋雨前線と台風で奈川村大水害
  • 1945(昭和20年)島々谷で土石流
  • 1961(昭和36年)梅雨前線で上高地の善六沢に大規模の土石流
  • 1975(昭和50年)集中豪雨で上高地の八右衛門沢と白沢で土石流

マーカーで示した旧鎌倉街道の箇所は、おそらく湯川による河川争奪の末に首なし川となった風隙ではなかろうか。

参照:『歴史的大規模土砂災害地点を歩く』(いさぼうネット)