飛騨神岡の古い地形図

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公開日:2020-07-03 更新日:2020-07-21

大正元年測図昭和5年要部修正参謀本部5万分の1地形図「東茂住」の一部を載せて見る。岐阜県の北端、飛騨市。

神岡鉄道神岡線(旧国鉄神岡線)

北流する高原川の右岸に「鉱山用軌道」の注記があるのは三井金属鉱業の神岡軌道線。1967(昭和42)年に全廃。
国鉄の神岡線は設置が1966年、終了は1984年。事後、神岡鉄道神岡線として2006年まで運行していた。
廃止路線だから現在の地理院地形図には載っていないはずだが、ミスだろうか、最大ズーム(Z=18)にすると、削除されていない。赤い線は、これを概ねトレースしたもの(ただし一部の隧道は描画がやはりおかしいので国土数値情報の軌跡を模した)。

なおいつものことだが、古い地形図は画像を補正せず図郭は台形のままなので、わずかにズレる。

越中街道

この区間、昔はいかに難路だったか想像に難くない。戦前までは雪崩により多くの死者を出している。
もともと神岡鹿間から富山県境付近までの右岸が「越中東街道」で、左岸が「中街道」なのだそうだ。
割石温泉は昭和51年掘削とのこと。この左岸に今なお描かれている破線が「中街道」で、割石のすぐ下流にある難所は有名らしい(危険を冒して行くべきでないだろう。高所恐怖症の私はムリだ)。鹿間から二ッ屋橋の間の右岸に街道と軌道線が通っていたというのは、いま見るとチカラワザとしか思えない。
また飛騨市西端から常願寺川源流域まで長々と伸びる跡津川断層が、東漆山から土(ど)にかけて被る。

有名な大津山のほか、笈破(おいわれ)や長棟(ながと)など廃村も。
あらゆる好事家の方々に知られる地域なので、詳細は省く。
岐阜はタフでワイルドな道が多いが、私は嫌いじゃない。