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大崩壊、大崩落

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秋の台風シーズンを控え、過去の大規模な崩壊(土砂災害)まとめ。おもに中部のフォッサ・マグナおよび中央構造線の周辺。

まず「日本三大崩れ」、静岡市葵区の大谷崩れ(次の地図のA周辺)は1707年10月に発生した宝永地震による。現在でも荒廃が続いている。富山市の鳶山崩れ(B)は1858年4月崩壊、湯川を堰き止め天然ダムを形成、決壊。巨大な土石流、洪水流が常願寺川を流れ下り富山平野を襲った。長野県小谷村の稗田山崩れ(C)は1911年8月、姫川を堰き止め天然ダムを形成、決壊。小谷村は長年にわたって姫川沿いの土砂災害と闘い続けている。

他に有名な長野県大鹿村の下市場(D)は1961年6月、梅雨前線に伴う集中豪雨により小渋川の攻撃部が崩壊。死者42名、家屋全壊戸数39戸。なお同村には、鳶ヶ巣(E)、荒川源頭部(F)、前茶臼山(G)や烏帽子岳西稜(H)などの崩壊地があり、地質的に荒廃している。
また南信では、有名な飯田市の青崩峠の崩壊地(I)があるが、これは大断層帯である中央構造線がほぼ国道152号と並行し南北に走り、断層活動により地質が劣化し破砕帯となっている。事業中の新たなバイパスは、トンネル部が堅く良質な岩帯である領家帯(岩質良)を通過することになっている。また飯島町の百間ナギ(J)では継続的に崩壊が発生、平成5年8月に発生した土石流堆積物は約5,700m³、平成6年8月に発生した土石流堆積物は約28,500m³にも及んだ。
木曽の側では、大桑村の伊奈川上流(K)域内には大規模な崩壊跡地やクリープ斜面など大規模な土砂生産に繋がる不安定地形が分布。流域の崩壊面積率は5%に迫り、木曽川流域で最も高い。昨年7月には隣の南木曽町(Z)でも土石流があった。また上松町の滑川北股沢(L)は上流域を中心に広範囲の崩壊地・ガリーが分布、数年に一度の割合で土石流が発生。
宝暦七年(1757)梓川の左岸で発生したトバタ(鳥羽田)崩れ()もある。

南アルプス周辺。静岡市葵区、青薙山の西斜面(M)や赤崩(N)のほか、枯木戸滝の上流域(O)といった崩落がある。赤崩と枯木戸滝の間の侵蝕谷の下刻が進むと、大規模に崩落し大井川を堰き止める可能性を否定できないそうだ。また「ダムの水位を下げると湖水の浮力が失われ地すべりが発生することがある」そうだ。
山梨県早川町、七面山の東斜面(P)も有名。身延山の寺院群が危険に思えてしかたない。同町には、八潮崩れ(Y)もある。富士の大沢崩れ(Q)は何時か山頂の「お鉢」の縁を壊すのだろうか?

伊豆市筏場(R)の崩壊は1958年9月の狩野川台風による。74-78年画像をよくよく見れば、北北東の方向へ抜けている。同市の西平(S)は1982年7月の大雨で山腹が崩壊、同市佐野の奥野山崩壊地(T)は1930年11月に発生した北伊豆地震による。発生した崩壊土砂は40万m³と推定されるという。

岐阜県白川村の帰雲山(U)は1586年に発生した天正大地震により崩壊したとされている。岐阜県中津川市の落合川一の沢(V)は、流域内に大規模な崩壊の跡地、地すべり地形やクリープ斜面など不安定な地形が分布。特に天狗谷、一ノ沢では崩壊が進んでいるとのこと。岐阜県揖斐川町のナンノ谷崩壊地(W)は明治28年8月5日、大雨により大規模に崩壊、濃尾大地震の4年後でもあり、地震による影響を大きく受けたものと考えられている。坂内川を堰き止めて、高さ38m、幅108m、長さ約1500mの天然ダムが形成。のちにこれが決壊、氾濫を起こし、死者4名、流出家屋23戸の災害に。岐阜県本巣市・根尾白谷大崩壊地(X)は、1965年9月の集中豪雨による。

なお、地震による堰止湖の代表的なものとして御岳自然湖(、1984年9月)、火山の爆発による堰止湖の代表的なものとして大正池(、1915年6月)などがある。

こういう箇所を地形図とあわせ読み込むと、とても参考になる。
砂防のための堰堤やダムというのは、土木構造物の中では「日陰者」といってもいいくらい地味な存在で、ときに「景観を損なう」として悪役のように言われるが、その下流の人々の生命や財産を、けなげに守っている。

出典・参照:
赤青方式の3D地形図
中部の崩壊地(国交省中部地方整備局河川部)
日本の大規模崩壊の空中写真