90年代のサンティアゴでは「café, por favor...」と注文したらネスカフェが出てきた。ドリップコーヒーが欲しい場合は「café-café...」と言う必要があった。超ミニスカートのおねえさんをそろえる店もあったりした(今は知らない)。
いまの日本、喫茶店数の都道府県別1位は 、2位は 。最少は なのだそうだ。
データ出典は 全日本コーヒー協会 だが、店舗数は総務省「平成28年経済センサス活動調査」によるとのこと。少し古い。
「一店舗当たりの人口が少ない県は、住民の喫茶店利用度が高いものと推測される」とあり、最小は高知の689人、次いで岐阜の738人となっている。逆に最多は福島の4,775人、概して東北地方と北関東は人口当たりの喫茶店数が少なく、あまり利用しないようだ。
店舗数の多寡にも地域性などいろいろ要因があるだろう。愛知や岐阜はコメダ珈琲店だらけなのかと思ったが、決してそうでもない(調べたら愛知は211店舗、岐阜は30店舗にすぎなかった)。
各種新聞や週刊誌をそろえ灰皿も配置され、クセのありそうなマスターが珈琲を淹れる個人経営の喫茶店が昔はあちこちにあった。ジャズ喫茶もたくさんあったし豪勢なオーディオ機器を設置してクラシックを流す店もあったし、松本には密かにヤバいモノも売っているという噂の喫茶店もあったりした。脱サラして喫茶店や蕎麦屋を開くような一種の冒険が充分に可能な時代だったろう。
また喫茶店は映画やドラマ、文学や音楽に頻出するなど文化の一部でもあったが、今やそうした「舞台」に用いられることも減ったように思う。個人のユニークな店は大手チェーン店に淘汰され激減していると何年も前から報道されている。令和4年の今はさらに減っているはずで、新型コロナ禍によって廃業に追い込まれた店も多くあったはずだ。
日本のコーヒーの歴史について、Key Coffee によると
江戸時代に入ってから長崎出島にオランダの商人が持ち込んだとされています
明治期に東京や横浜で次々に喫茶店が出来ていったらしい。キーコーヒーは1920年に横浜市中区福富町にコーヒー商「木村商店」を創立したのが由来なのだそうだ。UCC上島珈琲は1933年に個人商店として創業され、今なお神戸に本拠を置いている。
余談。
子どもの教育にあたって親が自身の人生経験を「下敷き」にし、それを子にトレースさせようとするのは、自然なことだと思う。
しかし、これには危うさもある。
およそ30年も経てば、小学校から大学までの教育内容から社会の状況・環境まで、ガラリと変わっている。親の下敷きはすでに古くなっている。自分のころはこうだった、などという経験則は役に立たないし、場合によっては子にとって害になる(私もいろいろ失敗した)。
え? 今はそうなんですか? という驚きに直面し続けるので、これに柔軟に対応していかなければならない。
おのれの経験に固執し持論を展開したら、それは現実を見誤る原因になりかねないし、周囲に害をなす場合もあると思う。
端的な例=トランプの口癖「Make America Great Again」はベクトルが過去に向いた懐古で、新たな未来を創るという思想じゃない。
日本でも年寄りが「過去の栄光をもう一度!」みたいなことを言ったら、若い人は警戒したほうがいい。端的な例=オリンピック
高校受験と大学受験の前だけしか勉強せず遊び呆けて挙句の果てに大学を中退した私に比べたら、今の学生さんはマジメで勤勉だと思う。
いま気の毒なのは、互恵(Win-win)を善しとする時代が過ぎ、利己優先で他者を踏みつける渡世を強いられていることだ。
娘氏(25)や息子氏(23)は、伝統的な喫茶店という空間を知らない。これは当然の流れで、マクドやスタバでこと足りている。彼らは酒を呑まないし煙草も吸わないしコーヒーもほとんど飲まない(私を反面教師としただけかもしれないが)。
喫煙歴36年目の sustainable な私はスターバックスに入ったことがない。老害にならないよう自宅で粛々とキーコーヒーを淹れている。