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秩父と長瀞

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2500万年前は海だった秩父。その海底には砂や泥が堆積していた。
長瀞にかけて秩父地域が「日本地質学発祥の地」ということになっている。

セメントといえば小野田や秩父。
武甲山は北側斜面が石灰岩質のため「せっかい」記号まみれ(6コ)。南側は玄武岩。
若御子(わかみこ)断層洞は、秩父帯と盆地の新第三紀の地層を区切る東北東~西南西の断層。水によって侵食され洞窟となったもの。

色別標高図:    

長瀞の岩畳は、長瀞式結晶片岩帯とのこと。甌穴(ポットホール)もある。
岩畳の対岸に赤壁。この断崖は、地下深部から地上に隆起してきたときの大きなひび割れ。
海底地滑りの跡が「スランプ褶曲」で、秩父市下吉田に見られるそうだ。

新旧ふたつの地層の間に大きな時間的不連続がある関係を「不整合」という。地質の「不整脈」あるいは「不倫」みたいなものか(きっと違う)。
前原の不整合、犬木の不整合、取方の露頭など。
小鹿野町、赤平川の右岸に地層の断面を見せる大きな崖(大露頭)が「ようばけ」と呼ばれる。

秩父の街は河成段丘に載っている。
穿入蛇行で北流する荒川は、佐久良橋付近より上流の左岸が地すべり地帯。
下流の右岸、皆野町との境界付近は段丘と誤認しやすいが、実は地すべり堆なのだそうだ。
蓑山一帯が地すべり地形に囲まれているといってもよいらしい。
つい最近、皆野秩父バイパスが「秩父蒔田IC」まで延伸開通したが、美の山トンネルの坑口もリスクを克服したものらしい。

和銅遺跡は銅の採掘(露天掘)跡。初めて自然銅が発見され708年(慶雲5年)朝廷に献上された。その後最初の通貨となる「和同開珎」の発行につながった。

まじまじ地形図を見ていたら、点々と暗渠の線が伸びている。何かと思ったら秩父太平洋セメントと武甲鉱業のベルトコンベヤであった。
上記の地図に緑色でトレースしたが、秩父太平洋のほうは叶山鉱山(群馬県神流町)から埼玉県秩父市までの14kmプラス8.6km。武甲鉱業は武甲山から埼玉県日高市までの23.4km。
総延長31.94kmの宇部興産専用道路(こちらの記事を参照)もすごいが、こちらのベルトコンベヤも長い。
セメント産業が国土を造ってきただけのことはある。