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明治の地図・姫川周辺

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旧帝国陸軍陸地測量部の古い五万分の一地形図「小瀧」から、長野県小谷村の地域を重ねる。Stanford University Libraries (Digital Repository) の画像。
「明治四十四年測圖」とされている。

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糸魚川と塩尻を結ぶ旧「塩の道」であり、大糸線は開通していない。また構造線に沿って繰り返し土砂災害に見舞われている地域。

亀裂が多く脆弱化しており、加えて侵食速度は速く、河谷は急斜面の区間が多く、地すべりや崩壊地形が多数ある。
1502年の越後南西部地震で右岸の真那板山と姫川右支・中谷川の清水山で天然ダムが形成。岩戸山の天然ダムは1714年の信州小谷地震によって姫川右岸斜面が崩壊して形成された。
稗田山では、1911年に豪雨によって巨大な「稗田山崩れ」が発生、崩壊土砂が浦川を岩屑なだれとなって流下し、姫川との合流点付近で天然ダムを形成した。