北海道新冠の泥火山について

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公開日:2021-04-22 更新日:2021-06-07

掲題についてメモ。
1952年に十勝沖地震が起こった際、新冠町では節婦断層に沿って幅350m、長さ1.1kmにわたり液状化が起こった。8個の噴出孔から泥やガスが噴出、泥の丘が形成された。
1982年の浦河沖地震や2003年の十勝沖地震でも同様の現象が起きた。
新冠川と支流の高江川も、断層に沿って屈曲し、ユニークな地形になっている。
現在確認できる泥火山は第1丘、第6丘、第7丘、第8丘だけとのこと。最も大きいのが第8丘。
70年代の画像で見ると、第1と第6の間に樹木が目立つ箇所があるが、このあたりに第2~第5があったのだろうか?

泥火山は、台湾やインドネシア、サハリンなど世界各地で見ることができる。
粒子が細かい泥岩では、振動によって間隙の体積が変化し圧力勾配が発生、軟岩の内部固結力が破られ液状化が生じるとのこと。道東の「ボッケ」とは異質なのだろう。
Mud-Volcano が Volcano の概念に包含されるとは思ってなかった。広義や狭義の違いがあるのか知らん。
【参考文献=田近ほか「2003年十勝沖地震に伴う新冠泥火山の変動の記録」(北海道立地質研究所報告, 第80号, 2009)など】

現在、この泥火山群を避け、国道235号をはさんで南側に日高自動車道(日高厚賀IC~新冠IC、緑色の線)が事業中。最新のシームレス画像で一部の橋脚や盛土など工事の様子が写っている。液状化などのリスクがないところを選んで設計されているのだろう。JR日高線が廃止されたので、これは重要なルートになると思う。

昔話。シベリア鉄道に乗ってレニングラードまで行こうと考え、北京のソ連大使館を訪れたことがある(彼方の思想は持ってない)。
しかし12月だったせいか、たいへんな行列ができていて、それが何時間待ってもまったく前進しない。
もともと行列が嫌いなのと、その文化を我慢できないため、あきらめた。
目標を転換し気まぐれで結局マレーシアまで南下することになったのだが、結果が異なってくる分岐点というのは、このような些細なことだったりする。そういう if (たられば) {ああなる} else {こうなる} の条件分岐は、人生のあちこちに、結構ある。
いま思うと、もう少し辛抱強さがあれば末期のソ連を見ることができたのに、もったいなかった。

ところで「SDGs」って Sustainable Desappointment Governments じゃないの?

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