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中央構造線の河川攻撃部と崩壊地

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長野県下伊那郡大鹿村。古い五万分の一地形図、旧陸地測量部「大河原」(明治四十三年測圖昭和五年修正測圖、Stanford University Libraries)の一部を重ねる。

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大西山の崩壊堆積地形を新旧対照してみる。
荒川大崩壊地や百間洞を源流とする小渋川は、北西へ流れ下市場で青木川と合流し北へ転向する。左岸はその攻撃を被るところであり、基盤崩壊の起因との説がある。
1961年(昭和36年)の集中豪雨(三六災害)に伴って大崩壊し、42名が死亡した。崩落による風圧で家屋が吹き飛んだという。「谷底低地も広くなっているから過去にも大崩落が発生したと推論される」。確かに、古い地形図を見れば、現在より小さいが「崩土」の符號が記されている。
川だから時代を経ると流路が変わるのは当然だが、小渋川が青木川と合流していたのは現在より100mほど西に見える。
地質図を併せて見ると、いかにも安定感がない。
ほかにも、鹿塩川の上流に位置した北川や中川村の四徳といった(樺や楢といった木で椀や盆を作る「木地師」が居住していた)集落が三六災害で壊滅的な打撃を受けた。

伊那山地からの急勾配小渓流は流域内に崩落地・露岩を持ち、谷口には土石流による沖積錐が発達している。構造線の東側山地には地すべり地形が多く、集落や水田の発達が見られる。鳶ヶ巣の大崩壊地からは土石流が頻発していると想像される(出典:『建設技術者のための地形図読図入門』鈴木隆介著、古今書院、1997)

参考までに。リニア中央新幹線がこの地域(日向休~鳶ヶ巣崩壊地~上青木。マップ中の青い線)を通る。
小渋川は明かり区間の橋梁(赤色で示した)で、できる限り短い距離で渡河する計画とされている。その東側は南アルプストンネル(~早川町新倉、25.0km)で1000mを超える土被り、西側は伊那山地トンネル(~豊丘村、15.3km)で中央構造線を突き破る。