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舛添と衆愚の件

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舛添要一都知事の不信任決議が可決される可能性が高い。
ヤフーで「『舛添叩き』が衆愚の極みである理由」という記事を読んだが、次のような可笑しい論調であった。

一番の問題となっている、「政治資金の私的流用」なるものにしても、違法性は極めて低い
(中略)
そもそも何をもって「政治活動」というかなど、法は定めていないのだ。また、「何が政治活動か?」など法で定めるべきではないのだ
(中略)
叩くとなったら、根拠不明でも叩く。法令違反を犯しているわけでもないのに、政治家を叩く。たかだか百数十万の、そして百数十万レベルだからこそ「庶民感覚」なるものに近い「他人のカネ遣い」で、政治家を屠る
(中略)
セコいオヤジを叩いている側こそが、極めてせこいレベルに陥っているように思えて、ならない

知事と同様、「はじめに法ありき」の大陸法的な古い思考といえる。
「法に抵触するか否か」「不適切だが違法ではない」などといった点が人々の怒りを買っているのではなかろう。
その人格に「矜持」や「潔さ」といった資質が欠落していること、そして意識のズレが問題なのだと思う。
舛添氏も、「衆愚の極みである理由」の筆者も、自らを高いところに位置して人々を見下ろしているフシがある。その視座には民衆の皮膚感覚が欠落している。
「民度」や「民意」といったものは、決して高邁なものではない(米国だってトランプが支持されるくらいだ)。
自意識が高すぎて一般レベルの地平へ降りて来ないのは、残念なインテリの共通点ともいえる。

世界は偉人たちの水準で生きることはできない (フレイザー『金枝篇』)

リオまで・・・というのも、単に氏のエゴと名誉欲、功名心でしかなかろう。
私も衆愚の一個として、舛添氏を叩きたいところだ。