上高地の変化

Home » Articles » 上高地の変化, published: 2019-08-02 (updated: 2019-08-02)

焼岳では近頃、空振を伴う(何のことか良く分からん)低周波地震を観測しているとのこと。
そのことより、8月上旬は1年で最も観光客が押し寄せる時期であることのほうが心配。
5万分の1地形図「上高地」(昭和5年、Stanford Digital Repository)の一部をレイヤーに重ねて回顧。

透過:  

古い地形図では、まだ県道24号上高地公園線が開通していないし、帝国ホテルもない、後背池沼である田代池は、今ではもはや湿地になっている。
5万分の1では沖積錐を読むのが難しいが、なにより大正池が小さくなった。
焼岳の峠沢と上堀沢からの土砂流入が主因だろうけれど、晩秋の浚渫だけでは抗うこともままならないものと思う。

私が上高地に住んでいた(西糸屋で働いていた)昔は、マイカー規制もなかったので河童橋の手前の駐車場までバイクで行くことができた。真夏に小梨平(梓川)で泳いでも、叱られることはなかった。鷹揚な時代だった。
上高地の人の流れが大きく変わったのは、国道158号の安房トンネル開通(1995)以降と思われる。霞沢の三本槍も折れてなくなった。

ふつうの人は穂高と焼岳に目を奪われる。しかし私レベルの天邪鬼ともなれば
六百山,2011

六百山を見てしまう。