福岡空港いまむかし

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公開日:2021-05-11 更新日:2021-05-11

国内でもっともアクセスが良く便利な空港のひとつ、福岡空港。地下鉄で博多駅までわずか5分ほど。
その生い立ちは、ちょっと複雑。

1945(昭和20)年5月に帝国陸軍の「席田(むしろだ)飛行場」として完成、すぐに敗戦。
同年10月、米軍が接収し「板付(いたづけ)基地」に。
1950(昭和25)年6月に勃発した朝鮮戦争により、日本国内の最前線の基地のひとつに。
1972(昭和47)年、大部分が米軍より返還されて「福岡空港」となった。

空港が建設される前、1936(昭和11)年5万分の1福岡(参謀本部, Stanford Digital Repository)を見ると、もともと水田地帯であり地質が堅固でないことが想像できる。博多駅の位置も現在とは異なる。
私が子供のころ、路面電車はまだ走っていたし、雁ノ巣に米軍施設があったのはボンヤリと覚えている。

昭和11年5万分の1「福岡」

古い航空写真で見る

次のマップで見てみる。

国鉄の鹿児島本線・竹下駅から分岐した引き込み線が2400mにわたって延び、燃料・弾薬などの物資輸送に用いられた。
昨年の秋に帰省したが、一般旅客が過去の歴史を偲ぶものなど何も残っていない。
しかしコンパクトな空港は便利である。これがデンバーみたいに巨大すぎると (自粛)

「日米地位協定」は有名だ。ところで「日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定」(昭和29年条約第12号)というのも存在していて、今なお効力を有しているのだが、あまり知られてない。
今後も東アジアで何かが起きたら国連軍(多国籍軍)が日本に駐留する、という可能性が(理屈の上では)ゼロじゃない (炸裂する妄想)

こちらも参照=西日本新聞の記事(2018/5/14)

余談。当サイトは現在およそ1000ページほどのコンテンツがあるのだが、3割以上の「要修正」があった。

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原因は、きわめて意外なところにあった。16年もやっていればエチケットがドラスティックに変わるのは当然のことだが、灯台もと暗しというか、慣れゆえの盲点だった。