自宅までの略図を描く方法

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公開日:2020-05-30 更新日:2021-03-31

新年度または新学年にあたって提出する書類に「自宅から学校(あるいは最寄り駅)までの略図」を求められる。私も子供たちのため何度も描いてきたが、正直いって面倒だ(しかもロクな図にならない)。
今春、大学を出て社会人となった娘もまた、これを求められていた。

マップをプリントして貼り付ければいいじゃないか

自宅から目的地(学校や駅)まで地図をなぞってください。

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これを適切な縮尺・サイズでプリントし貼り付けたらラクじゃないだろうか?

余談

ものごころ付いたとき、地元の福岡にはプロ球団の太平洋クラブライオンズ(のちクラウンライターライオンズ)があった。
東尾修、加藤初、永射保、土井正博、竹之内雅史、白仁天、基満男、真弓明信、若菜嘉晴、立花義家、大田卓司などなど、いま思えば強烈で錚々たるメンツがそろっていたのに、とても弱かった。いしいひさいち漫画のネタにもされていた。テレビ中継もほとんどなかった(巨人ばかりだった)ので、RKB や KBC などのラジオで聴いていた覚えがある。
1978年の暮れ、私が10歳のとき、球団は西武の所沢へ持っていかれた。贔屓がなくなると、大きくて強いもの(巨人)が嫌いになった。

年月が経って1996年、横浜に住みついたが、いわゆる「神奈川都民」で地域のことには無知・無頓着だったので、98年のベイスターズ優勝は特に印象がない。子育てが忙しかったせいもある。
のちに息子が少年野球をやるようになって地元のことが分かるようになり、横浜に詳しくなってきた。さらに私自身も審判・役員を務めるようになると、必然的にベイスターズ関係者と関わる機会が増え、TVK で野球中継を見ることも多くなった。
今やファンクラブ会員となっている息子との会話は、8割がたベイスターズである(大学の話は1割にも満たないと思う)。

三浦大輔氏のキャッチボールの相手を務めさせて頂いたことがある。既に現役引退後だったが、軽~く投げているのにスピン量が凄かった。プロは次元が違う、ということを身をもって思い知った。
捕手役として「座ってもらえますか?」と言われギクッとしたが、やはり私の人さし指の付け根は赤く腫れた。