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雑感(2009.06)

(2009年6月24日)

23日付日経夕刊に、仏文学者の鹿島茂氏が次のように書いていた。

大人にならず、いつまでも子供のままでいたいという願望が潜在的なものから顕在的なものに変わったのだ。オタク化とは、こうした成熟の拒否の具体的な現れにほかならなかった

従来は、子供を大人社会に組み入れる「入社試験」と「新入社員研修制度」といった通過儀礼が存在し、これが「若者の大人化」に貢献していたという。
しかしバブル崩壊とその後の不況によって会社のこの通過儀礼の機能は失われ、その結果、子供の価値観にとどまるオタクが増加したと。
そして、成人教育機関の役割を会社に押し付けてきた歴代の政府は責めを負うべき、と鹿島氏はいう。

子供の価値観にとどまり、(意識的か無意識かはわからないが)成熟を拒否する青年が増えているというのは、パラサイトやニートの増加、晩婚化といった現象とも符合する。
しかし、その日経のコラムには、「われわれ大人(親)も悪い」といった自戒や自責は書かれていない。
成熟を拒否しているのは、成熟例の先達(大人あるいは親の姿、オトナ社会の現状など)に対する嫌悪に起因する部分もあるように思う。
また会社でなくとも、狭隘なアカデミックの世界にいる若手の学者さんや、官僚的世界にいる若手の役人さんにも、常識に欠け倣岸不遜な「オレ様」ふうの未熟な人物が多いと私は感じている。

電車の中で、白髪交じりの中年男性が「DS」とかいうゲームに夢中になっていたり、「週刊少年ジャンプ」を黙読している姿を見るのは、たいへん不気味なものだ。しかも、そういう人物が少なくない。

自分の子供たちを自律・自立させ成熟させていくために何をしないといけないか、少し頭が痛い。