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本の件

(2009年5月22日)

「紙の本がなくなる」とか「なくならない」とかいった記述を、アチラコチラで見かけた。
ずいぶん前から議論されているけれど、紙の本がなくなることはないのは論を待たない。人間がアナログ生物である以上、アナログ媒体のほうが親和性が高いし、むしろ消えるかもしれないのは電子書籍。

今週、偶々所用にて静岡県の某所へ製紙の現場を見に行った。壮観にして圧巻であった。積年の紙の文化と関係産業は巨大なもの。

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私の場合、ネットやコンピュータが全能であるとは思わないし、妄信もしない。
先端の技術は、文化を進化させ変容させる側面的な道具に過ぎず、文化の主役たりえない。
電子書籍は、紙の書籍の亜種として副次的に並存するものだと思う。

確かに書物の売上は落ち続けている。なかんずく雑誌は淘汰が激しい。だからといって代替するデジタル媒体を過大に評価するのは誤りだろうと思う。
また、仮に日本の出版業界が「紙の本はなくならない」といって胡坐をかいているとしても、それは問題の本質ではないと思う。再販制度に胡坐をかいているのが問題だと思う。

出版物再販制度は全国の読者に多種多様な出版物を同一価格で提供していくために不可欠なものであり、また文字・活字文化の振興上、書籍・雑誌は基本的な文化資産であり、自国の文化水準を維持するために、重要な役割を果たしています(社団法人 日本書籍出版協会)

早いハナシが、町の中小書店と売れない本を救うシステム。版元と書店の間に取次が介在する。
かつて酒団法による護送船団方式で、町の酒屋は胡坐をかいていた(新規参入できず競争がなかった)。ところが酒類販売が自由化されると、コンビニに淘汰された。
もし再販制度が廃止され自由競争となったら、「定価」でなく「希望小売価格」となり、薄利多売が可能で集客力に勝る大型店のみが生き残る。版元は、希少な本やコアな本を作りにくくなる。

上記の「文化の振興」「文化資産」などという高邁な言い回しに見合うであろう良書ももちろんあるし、活字や造本・装丁などに機能美と価値を見出す人も多いが、悪書もまた多いのが現実。
書籍・雑誌が国の文化水準を維持するために重要な役割を果たしているとは、もはや思われない。
世の中の流れからすると、再販制度はいずれ廃止される(べき)と思う。

ところで、加齢につれてムダがなくなる。必要なものと不要なものの分別がつくようになり、より「質実」になっていく。ムダな行動はしないし、ムダな口数も減る(と言いつつこのブログはムダだが)。
結果として、私は本を読まなくなっている(ムダということ。職業上、遺憾だが)。
むろん、漱石や司馬遼太郎、マルケスなどといった人たちの偉大な創作を否定するわけでない。