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私見フジモリ閣下劇場

(2005年11月10日)

★ ヤフーやグーグルのニュース検索で「チリ」と入力すればたいてい「・・・絶品のエビチリ!」とか「赤星キッチリ3本締め・・・」となるのが日常事態なのですが、今週は「フジモリ」一色なので非常事態です。
★ 「本日のカチン」というより「今週はカチン」という感じで不愉快でもあります。日本とチリとペルーの三位一体改革。いや、違う。三角関係はたいてい常にややこしくて、濡れ場があって、フィナーレは修羅場と相場が決まっている。土曜ワイド劇場じゃないですか。そうですね。
★ ちょっと長くなりますのでスミマセン。

★ チリのウォルケル外相は10~13日の来日予定をキャンセル。
在外邦人保護の責務がある日本政府は「適切な取扱と領事面接」を申し入れ。
ペルーのワイスマン副大統領は「日本は干渉すべきでない」とけん制。
チリのラゴス大統領「日本は事前に知らせてくれればいいものを!」と不快感表明。
日本は「出国は承知していなかった」とシラを切る。

★ ここまでは、いずれも外交上の事務的・義務的アクションなのでしょうから、どうでもいいです。

★ 実のところ、私はペルーにまったく関心がないです。はた迷惑なフジモリ元大統領閣下にもまったく興味がないです。が、いまいましいのは以下の点。

★ 「フジモリ元大統領閣下」をめぐっては、国籍という点で政治的にも法的にも複雑で奇妙にねじれた現象が見受けられました。特別なケースであればよかったがそうでもない。

★ 2000年11月のブルネイAPECからの帰途で閣下は「亡命」しました。当時の森総理や“善人”河野洋平外相がどういう政治判断をしたか存じませんが、「法相裁量」とかではなく一般現行法の拡大解釈で閣下の滞在を許しました。

★ 国籍法は、重国籍者について、外国籍を放棄するか日本国籍を離脱するかの選択を求め、重国籍を制限する傾向にあります。しかし、国籍選択制度が導入された1985年の国籍法改正法附則第3条の規定に拠ってフジモリ氏は日本国籍の選択届をしたとみなされました。そして日本政府は「フジモリ氏はペルー国籍を放棄する必要もない」という寛大な見解をとって同氏の二重国籍を容認しました。

★ ことを複雑にしたのは、同氏が、日本人である「藤森謙也」とペルー人である「アルベルト・フジモリ」の二つの顔を恣意的に濫用したという見方さえ可能にする現行国籍法と政府判断の曖昧さでしょう。

★ 同法に従えば、フジモリ氏はペルー国籍の離脱に努めなければならない。しかし同氏にはその意思がないばかりか、次期ペルー大統領選への出馬の意思を明言しています。今回も、ペルー国内の支持者に向けたビデオメッセージで、「祖国のために働きたい」と言った(スペイン語で「por mi patria」という表現をした)。これは日本国籍選択の趣旨とは相容れないでしょう。

★ フジモリ氏は、こうした日本の法制上の含みを持たせた曖昧な部分と政府の寛容を巧みに利したともいえるのではないですかね。そして日本側の同氏に対する手厚すぎた処遇は、のちのち「悪しき前例」になる惧れもあるのでは?

★ 政治家としての「矜持」や「モラル」といった面からの批判は、日本的ですが、同氏の思考と行動はまったく南米ペルーのそれであり、適当ではなかろうと思います。フジモリ氏にすれば平沼赳夫議員のように「筋を通す」などという日本的概念はちっともないでしょうから。

★ 近い将来、フジモリ氏と同様に日本国籍を保持する人物が外国の為政者として日本と協調し、あるいは国益を賭して丁々発止することもあり得ると考えるのは、乱暴な想像ではないでしょう。また日本にはすでに少なからぬ外国人や重国籍者が暮らし、国際結婚が増え、加えて少子高齢化に伴い外国人労働者のさらなる受入れが不可避となってくるなどの現状を鑑みても、現行国籍法の曖昧さについては一考の余地があるのではないですかね。

★ 私見としては、日本は(他の先進諸国と同様に)重国籍を許容したほうがいいのではないかと思います。しかし日本国籍保持者が外国の官吏あるいは領袖となった場合だけは、冷徹な国益優先の外交のためにも、同胞とはいえ切り離すべきではないかと。

国籍法第16条第2項
法務大臣は、選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失つていないものが自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であつても就任することができる職を除く。)に就任した場合において、その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著しく反すると認めるときは、その者に対し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる。

★ フジモリ氏が仮にリマ大統領府の玉座を奪還したアカツキには、本人がどうあれ上記条項に従い日本国籍を消すべきではないかと。もし日本に舞い戻ってきたら噴飯ものだけど。あるいは旧東ドイツのホーネッカーのように、チリで余生を送ることになるのかもしれませんが。そういえばホーネッカーはチリで裁判に追われることもなかったな。

★ フジモリ氏の5年間の滞日の成果はといえば、少なからぬ示唆と課題を残したことだけでしょう。愛人も残したようだが。