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頑丈な足

(2005年3月15日)

★ 感性や観察力、洞察力の鋭敏すぎる人が、それゆえじょうずに世渡りできない、というのを見かけることがしばしばあります。逆に、感覚や判断力が鈍くとも、計算高く世渡りじょうずな人はたくさんいます。
★ 辻一(つじ・まこと 1913~1975)の作品は、絵であれ散文であれ、一貫して透徹した洞察があって、私はひじょうに好きです。このひとについて、矢内原伊作などが書いていますが、もっとも興味深く読ませてくれるのは、池内紀(いけうち・おさむ)さんの著書『見知らぬオトカム』(みすず書房、1997)でしょう。

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★ 辻まことは、これといった定職につかず、自由に絵を描き、エッセイを書き、風刺的画文をものし、スキーと岩魚釣りの名人にしてギターをよく弾いたものの、いずれも余技の趣き、一個の専門家ではありませんでした。どんな信仰にもよらず、いかなるイデオロギーもあてにせず、どのような政治的信条も持たずに、ひょうひょうと生きたひと。池内さんは「収まりのわるい人物だった」と書き出していますが、にんげんはたいてい、どこかしらに「収まる」もので、「収まらないでいられる」自由なひとは、そうそういません。
★ 辻潤と伊藤野枝の子だから特別なのだ、とか、戦後の時代に生きた過去のひとだから、いうのは適当でないでしょう。むしろ、いまの時代にこそ、ぴったりではないかとも思います。
★ 「忍耐の忍という字はなんだか踏んばっている足首を正面から見ているような字だ。身体の一番下で全重量に耐えてがまん強く支えている足は、本当は頭や心臓よりも尊敬しなくてはいけない」
★ 私はこれを読んだ8年前に、自分の尻の青さを思い知った気がしたものでした。椅子に座ってものごとを考えるよりも、手と足を使いながらものごとを考えるひとのほうが、確かに強く、正鵠を得ていることのほうが多いものですね。
★ 池内さんもまたずいぶんと自由なひと。その声は、はかま満緒さんのラジオ番組「日曜喫茶室」で聴くことができます。たぶん現在最高の名文家のおひとりだと私は思います。