地図蔵 ▷ 2012年までの記事「躍進する中国」

躍進する中国

(2003年4月18日)

★ まだ人民服があちこちで見られた90年、中国を旅しました。当時まだ外国人には兌換券が持たされ、人民元と2種の通貨が流通していたころです。
★ 長江ベりの安宿から上海駅へ歩こうとして、道を尋ねたら「ここをまっすぐ、すぐだ」と言われた。が、歩けど歩けど駅は現れず2時間以上まっすぐ歩いて着いた。(距離感覚がどうやら違う)
★ 楊貴妃の生まれ変わりかと見まがう美人が行き過ぎる。が、彼女はおもむろに道ばたに「カア-ッ、ペッ!!」と痰を吐く。(美的観念がどうやら違う)
★ 雲南省の小さな町の食堂でビールを注文。が、ビンのまま出てきた。「栓抜きを貸してくれ」というと店主のおやじは面倒くさそうに「こうやって開けるんだ」とクチでシュポッ、と開けた。(少なくとも彼は歯槽膿漏ではない)
★ 厳寒の天山山脈越えの夜行列車に、完全防寒装備で乗った。だが、あまりの極寒に私は夜通し足踏みしていた。傍では私よりはるかに薄着の人民服の旅客が熟睡していた。(根本的に耐性が違う)
★ 北京の町中でもよおした。公衆便所へ脱糞のため入るが当時はまだ大のほうは個室ではなく(間仕切りがない)、10畳くらいの空間に糞落下用の穴が等間隔で並んでいるだけのものだった。見知らぬ人民とウンチング・スタイルで並び尻を出し、用を足す。(呉越同舟という言葉がしみた)
★ 四川省の高峰ミニヤ・コンガの氷河へ登るにあたり馬を借りた。が、馬を曵いてくれたのはまだ8~9才くらいの少女だった。彼女は標高差1000メートル近くの行程を歩いた。(以来、児童労働を見るのが辛くなった)
★ およそ100日の中国彷徨の果て、最後に「日本人は中国人には勝てない。いずれ抜かれる」と思い至ったことでした。